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夜間、遠方のラジオ局が聞こえる理由

手元にラジオがありましたら、夜間、中波(MW)で色々な周波数に合わせてみてください。昼間より多くの局が受信できるはずです。
ラジオ放送に使われる電波も光と同じ性質を持って居るので、放送局の送信所のアンテナから出ると直進します。
一方、地球はご存知のように球状なので、送信アンテナから見渡せる範囲内しか電波は到達しません。
実際は、ラジオに使われる電波の波長(注1)は長いので、地球に沿って回折(注2)したり、また屈折(注3)する為により遠くにまで伝わります。 しかし、日本で中波AMラジオ用に使われる電波では、札幌からの放送電波を東京で受信することは出来ません。

では、受信するためには、どうするか? です。答えは 簡単です。電波は光と同じなので、 札幌ー東京間辺りの上空数百キロメートルに大きな反射板を置けば良い訳です。
札幌の送信アンテナから出た電波は、この反射板に当たり、そこで反射した電波が東京に届きます。
札幌 → 反射板、反射板 → 東京間は障害物の無い空中なので、その間では損失は殆どありません(注5)
自然界には、この反射板に相当する“電離層”というものが存在します。

電離層とは

地表から100$301C600キロ上空でもわずかですが大気はあります。
大気中に含まれている分子、原子に、太陽からの紫外線、エックス線が当たると、エネルギーをもらった自由電子(自由に動けまわれる電子)が離れ、分子・原子は正イオンになります。
離れた自由電子は、正イオンと結びついて中性の原子・分子に戻るか、中性の原子・分子と結びつて負イオンとなって消滅します。
この、原子・分子から電子が離れ、大気中に浮遊する現象と、大気中に浮遊している電子が原子・分子と結びついて消滅する現象は同時に起こります。
しかし、この二つの現象の速度は異なるので、大気中には電子が浮遊しています。
この電子の密度(単位容積あたりの電子の量)は、太陽からの紫外線・エックス線量と大気中の原子・分子の量で決まります。
上空ほど紫外線・エックス線量は多いですが大気中の原子・分子の量は少なく、地表に近いほど大気中の原子・分子の量は多いですが、紫外線・エックス線量は少なくなります。
また、紫外線・エックス線量は太陽が真上に来た時がもっとも多くなります。
上記のような要素から、大気中の電子密度は、地表からの高さ、 時刻(太陽の角度)によって複雑に変動します。
さて、大気中に自由に動きまわれる電子が浮遊していると、大気中を電気が通るという現象になります。
「電気が通る」ということは「電子が動く」ことですから当然のことです。そのため、電気が通る大気は金属板のようにも考えられる訳です。
ここで、最初に触れた、電波を反射するものに到達しました。

もう一つ重要な点は、金属板のように多くの自由電子が無い大気の場合です。(電子の密度が低い大気です)
そこに電波が侵入してくると、電波は電界と磁界を持っているので、電子が電波によって動かされるという現象が起きます。
そして、電子と電波(の波長)が意気投合した時には、電子が螺旋状に回転し始めます。
電子を動かすにはエネルギーが必要で、そのエネルギーは電波から供給されるので電波はエネルギーを失い、そこで消滅(減衰)することもあります。

このように電子が浮遊している大気で、そのために電波の減衰・反射などに影響を与える層を“電離層”と言い、実測によれば、主に3つの電離層(注4)が確認されています。
  • 地表から上空80キロメートル付近・・・D層
    D層は昼間のみ現れる
  • 地表から上空110キロメートル付近・・・E層
  • 地表から上空300キロメートル付近・・・F層
    F層は冬季は、F1層、F2層に分かれる

やっと、今回の話題の結になります。
電離層のD層は昼間のみ現れると書きました。
実は、このD層は、中波ラジオに使う電波MW(500KHz$301C2000KHz)を殆ど吸収(減衰)してしまうのです。
放送局の送信アンテナから上空に向かった電波は、昼間はD層に吸収されてしまい、反射板の役割を果たすE層まで届かないのです。
夜間になるとD層が無いのでE層で反射され、昼間は届かない遠くまで電波は伝わることになります。

読者の皆さんの中には、昼間は良く聞こえる局が夜間になると、音量が変化したり、言葉や音楽が不明瞭になってしまうという 経験や悩みをお持ちの方もいらっしゃると思います。
E層で反射される電波も電子を動かすため、反射する電波の強さ・位相が複雑に変化してしまい、その反射した電波と、送信アンテナから直接届いた電波が同時に受信されてしまう為です。
送信アンテナから放射される電波が上方に向かった場合は、近距離でもE層で反射した電波と直接伝わった電波が同時に受信されて聞きづらくなってしまうので、 電波が上方に放射されないように送信アンテナは工夫されています。電波の打ち上げ角を低くすると言います。
この工夫は皮肉なことに、夜間はD層の反射でより遠くまで電波を伝えることになり、同じ周波数で放送している国内外の放送局と混信して聞きづらくなるという弊害が生じます。

  1. 注1:ラジオ放送で使われる電波の波長 550m$301C187m程度
  2. 注2:回折 港の堤防の内側にも外の波が回り込む現象と同じ
  3. 注3:電波の屈折
    大気は地表からの高さによって屈折率が違う為に地球に沿って屈折する。気候条件によっては逆に屈折する場合もあります。
  4. 注4:夏季などでは、E層とほぼ同じ高さのところにE層より電子密度の高い層(スポラディックE層)が出現することがあります。
  5. 注5:電波は全方向に放射、反射されると考えれば遠距離を伝わるほど、受信地点での電波(電界密度)は弱くなります。

*電離層は、色々な周波数の電波を上空に向けて放射し、撥ね返ってくる強度で観測されます。
短波を用いる無線通信には欠く事ができない観測で、地球規模の電離層地図が作られています。
短波というのは、一般的にラジオ放送と言っている放送よりひと桁高い周波数で、D層を突き抜けて比較的小設備で遠距離通信が出来るため、衛星通信やインターネットを介した通信や放送が行われる前までは、漁業無線、遠距離航空管制、船舶電話、海外向け放送、非常用回線等に使われていました。株式投資や競馬好きな方には、ラジオNIKKEIで知られている放送が短波帯を使っています。
しかし、電離層は季節、昼夜、所によって変動する為に、放送では離れた幾つかの周波数で同番組を放送し、受信者が一番良く聞こえる周波数を選ぶ仕組みになっています。
一般の通信の場合は、上述の電離層地図と送信側・受信側の場所から最適な周波数を選んで通信します。
船舶など動いているものとの通信では、毎日、定時に位置連絡の通信を行い、陸地側では、幾つかの周波数を24時間聴いています。 (海事衛星経由での通信が主流になったので、商用船舶通信に短波が使われることは少なくなりました)