電子回路の熱雑音と熱雑音を減らす方法

先ず、ラジオなどの電波受信機の感度の話からします。
「感度」とは、定められた出力値が得られる受信機入力の最小値を言います。早い話、どれだけ弱い電波を受信できるかということです。
当然ながら、信号の復調方式によって感度は異なります。
通常のAMラジオのように振幅変調 (Amplitude Modulation:信号で電波の強さを変化させる)の場合には 信号強度から雑音強度を引いたものが決まった値になる信号入力が感度ですが、FM放送やアナログテレビの音声のような周波数変調 (Frequency Modulation:信号で電波の周波数を変化させる)の場合は電波が弱くなると、FM復調方式特有の歪が目立って信号を妨害するのでこの成分を加えて考えます。 信号強度を示すSメーターはノイズでも大きくなるので注意が必要です。
デジタルの場合は元の信号と復調されて出てきた信号が一致しないとまったく意味をなさないのでエラー率も考慮します。
このページで扱う「熱雑音」は、電波受信関係なら衛星からの微弱な信号を受信するときには重要な意味を持ちます。
ラジオやトランシーバーなどで遠方の放送や通信相手を探しているときの雑音は、 エアコンや照明の電源部のインバーターから発生しているノイズや空電(雲間で起きる放電)によるもので、熱雑音のレベルは空電のより低いです。

熱雑音とは

さて、前置きが長くなりましたが、電波受信機に限らず全ての電子回路には信号以外の信号を乱す邪魔なものが入り込みます。これを、「熱雑音 」と呼んでいます。「雑音」という呼び方が主に音声通信だった昔から問題だったことを表していますね。しかし、電圧の高低の組み合わせで信号を伝達するデジタル通信全盛の今でも熱雑音は無視出来ません。
それどころか、技術の進歩が熱雑音を身近にした例があります。
下写真は、一般用に市販されていたデジタルカメラ「KYOCERA Finecam M400R」でオリオン座を撮り、三ツ星付近を切り抜いたものです。
背景がざらついて見えるのは、光を電気に変える撮像素子に生じた熱雑音によるためです。明るい被写体を撮影する時は撮像素子に入射してくる光量が多いので気が付きませんが、星空や暗い夜景などを撮影した場合には熱雑音の影響が現れてしまいます。
熱雑音の影響でオリオン座を写した写真にノイズが現れている
(2011年11月12日4時26分筆者撮影)

熱雑音とは、信号を伝達するのに必要な原子から離れた自由電子の運動が外部からの熱エネルギーによって乱れるために起きます。 この雑音は電子回路である以上免れないもので、物質の性質上、絶対温度に比例して雑音も増えます。

熱雑音を減らす方法

そこで、熱雑音を減らすためには電子回路の周囲の温度を下げます。
このため、微弱電波を捕捉する必要がある電波望遠鏡の初段入力部や天体写真用の撮像素子(CCDなど)は液体窒素で冷やしています。 アマチュア天文家用には夏季用に水冷方式も売られています。
もうひとつ、熱雑音を減らす方法は使用する周波数範囲(帯域)を狭めることです。
熱雑音は電子が運動するために起こるので、電子の運動の限界値(10テラヘルツ)まで均一の強度で雑音を発生させます。
そこで、使用する周波数帯域を出来るだけ狭くします。
解りやすく説明すると、10レーンある競泳用プールをイメージしてください。誰も泳いでいなくても小波が立っています。これが熱雑音です。
10レーンある内の1レーンだけ使って、超超小柄な選手がタイムを計ります。この選手が微弱信号です。
この選手が泳いでも小波より少し大きな波を立てるだけなのでよく見ていないと見失います。
このとき、10レーン全て見ていると小波に気をとられて選手のタイムが計りづらいですが、選手が泳いでいるレーンの他は見えないようにしておけば計り間違う可能性は低くなります。
この例で最も成功したのはモールス通信(電信)です。通常の無線電話や有線電話は信号が通る幅を2400ヘルツ程度に設定していますが、モールス用では500ヘルツ以下です。
信号のエネルギーにすると20倍以上違いますから、小電力で遠方まで情報を送れます。その分、送れる情報量が少なくて、モールス通信では、SOSといった略符号がたくさん使われています。

逆に、雑音の中に信号を隠してしまおうとしたのが、GPSなどで使われているスペクトル拡散です。
これは、決まった符合で信号を分断してその信号のエネルギーを広い範囲に放出し、受信する側は送信側で使った符号で雑音の中から信号を拾い集めるものです。
GPSの場合、民間に開放されているものは信号の秘匿性より元の符号との時間的ずれを計測に使っています。