電波の伝わり方

その昔、山登りの必須アイテムはアマチュア無線機でした。
無線技術に興味が無くても、遭難した際の救助要請のためにアマチュア無線の資格を取られた方も居ました。
昨今は携帯電話が必須アイテムのようですが、携帯電話も電波を使う無線機の一種ですから電波の伝わり方を知っておくと、より有効に使うことが出来るでしょう。

電波というのは、電界と磁界が交互に発生して伝わるものです。
電気が流れればその周囲に鉄などを引き付ける磁界が生じ、磁界が変化すると電気が生まれます。電気が生じれば再び磁界が生じます。
電波はこの繰り返しで伝わって行きます。

AMラジオ(普通のラジオ)が使っている電波より低い長波(LF:30kHzから300KHz) は、大地に誘起される高周波電流によって生じ る地表波 によって伝わります。
電波は電界を伴って伝わるので電気を通す大地や海があると減衰しますが、長波は周波数が低いので減衰が少なくてすみ、長波の地表波は大地に沿って遠くまで伝わります。
電波が実用化されたときは長波で無ければ遠くに伝わらないと思われていました。
長波は、波長が長いので建物などの影響を受け難く、また、電波の位相が安定して伝わります。
このため、時刻や周波数を知らせる標準電波 や船などの無線航法 に使われています。
ロシアなどのように大陸が広い国では、今でも長波の放送局があります。
また、海中や地中でも減衰が少ないので、対潜水艦通信 地中探査 などに使われます。
現在、自動的に時刻を合わせる電波時計と言われて市販されているものは、40kHzと60kHzの標準電波を受信しています。
長波の欠点は帯域が狭いので伝送容量の大きな通信が出来ない、波長が長いので効率のよい送受信アンテナがつくれないということです。

これより上の中波(MF:300kHzから3000kHz) は、地表波、送信アンテナから受信アンテナに直接入る直接波によって伝わりますが、地表波は遠距離では減衰しているので、昼間は直接波 が受信されます。
夜間は、太陽から放射される紫外線で大気分子が電離して生じる電離層(D層) の出現により電離層によって反射された電離層伝搬波が加わります。
このため、夜間は昼間聞こえない遠方の放送局が聞こえるようになります。
しかし、電離層の状態が刻々と変化するために到来電波の強度が変化し、地元の放送のようにクリアーには聴けません。
この電波の強度変化をフェージング(FADING) と呼びます。
フェージングには単純に電波の強度が変化するものと、電離層内の電子のスピンによって電波が反射したときに電波の位相が変わることによって結果的に受信アンテナに誘起される電波強度が変化するものがあります。
中波のラジオ局の送信アンテナは、フェージングを避けるために電波を水平に放射し、電波が電離層になるべく当たらないようにしています。
電波伝搬の説明図

ところで中波ラジオを持っていれば山野や海などで位置を見失ったとき、大体の位置を知ることが出来ます。
ラジオに使われているアンテナは、鉄とコバルトなどの酸化物で出来たフェライト棒に銅線を数十回巻きつけたバーアンテナですが、このアンテナはフェライト棒の長い方向と直角方向から飛んでくる電波を強く受信します。
一般的なラジオの場合は外観の長い方向にバーアンテナが配置されていますから、ラジオの正面或いは背面方向から飛んでくる電波を強く受信し、左右から飛んでくる電波は受信し難くなっています。
ですから、放送局の送信所が2箇所以上判っている場合には、これらの放送が最も受信し難くなるようにラジオの向きを変えて送信所の方向を探り当てることが出来れば、2箇所以上の送信所の方向を地図上に引くことによって、その交点から現在位置を知ることが出来ます。
放送が最も強く受信できる方向は判り難いので、最も受信し難い方向を探るのが秘訣です。
また、夜間はフェージングの影響で精度が落ちます。
GPSが無かった時代の方法 ですが。

中波より周波数が高い短波(HF:3MHzから30MHz) は、近距離は直接波で伝わりますが、昼夜問わず電離層と大地の間を反射して地球全域に伝わります。
電離層で反射する電波は、一般的に冬季は低い周波数、夏季は高い周波数。昼間は高い周波数、夜間は低い周波数となります。
また、大地と電離層間を反射しながら伝わるためにスキップされてしまって電波が届かない不感地帯(電波が電離層で反射している地点の下付近)が生じます。
このため、通信局や放送局は周波数が離れている幾つかの周波数を割り当てられていて、季節と時間、受信点の位置によって周波数を変えて使っています。
また、電離層で反射するためにフェージングがある他、受信点を通り過ぎて地球を数周してきた電波がエコーとして受信されることがあります。
フェージングを軽減するために、フェージングの度合いが周波数によって異なることを利用して、離れた周波数で同一内容を送り、受信側で合成する周波数ダイバーシチがあります。
数百Hz離れた二つの周波数で「1」「0」を送るラジオテレタイプ(Radioteletype : RTTY)も周波数ダイバーシチです。
ラジオテレタイプは船舶向け通信や通信社が使っていたものです。
このように情報伝送の品質に難のある周波数帯ですが、地球の裏側まで届くという伝搬性があるため海事衛星が一般的になるまでは花形でした。

短波より周波数が高い超短波(VHF:30MHzから300MHz) 極超短波(UHF:300MHzから3000MHz) の電波は、直接波と大地に反射 して届く反射波の合成波として受信アンテナに届きます。
その他、建物などの構造物、山などに反射して届くものがあり、地形や構造物の影響を強く受けます。
例えば、トランシーバーや携帯電話の場合は山林内では思いの外電波が届きません。
これはトランシーバーなどが送受する電波が垂直偏波(電界面が垂直)なために、垂直に立っている樹木が強い障害物になるからです。
また、電波の通り道に湿った地面や水面、海面があっても垂直偏波の電波は水平偏波の電波より強い減衰を受けます。
これらの現象は、電波を構成している電気が垂直方向に振動しているとイメージし、その電気が導電物に触れてしまうと考えれば理解できます。

ここでいう電波の通り道は、送信アンテナから受信アンテナに引いた直線を長い軸とした回転楕円体内を言っています。この回転楕円体内を通った電波のエネルギーが受信アンテナに誘起されると考えられます。これを第一フレネルゾーン と呼びます。
例えば、地面に立った者同士がトランシーバーを使って通信した場合では、電波の通り道の約半分が電気を通す大地内に入ってしまいますから大きな減衰を受けます。
さて、この回 転楕円体の短軸の長さは、波長×送受信点間の距離の平方根で求められます。
電波伝搬のフレネルゾーンの説明図
例えば、800MHz帯を使っている携帯電話で送受信点間の距離が10kmあった場合は、約61mになります。
携帯電話と基地局を結んだ直線の中間地点でこの直線を中心にして半径30m内に構造物や山などがあったら減衰を受けていると考えられます。
通常、こんな事を考えて携帯電話を使う必要はありませんが、 緊急時、もう少しで繋がるというときは考慮する必要があるでしょう。

携帯電話が使っている電波は周波数が高いので光のような直進性が顕著に表れますから、 山や建築物の背後では繋がり難くなります。
しかし、これらの山や建築物から離れると基地局が見通せないにもかかわらず繋がり易くなることがあります。
これは、山の頂や建物上部に当たった電波が回折して下方に伝搬するためです。
この電波を回折波 と呼びます。
送受信点間が長距離の場合にはその間に山があるときの方が無い時より受信点の電波が強くなることがあります。これを山岳利得 と呼んでいます。
この現象のために、中継所の無い山間でテレビ放送が観られたり、山の向こう側にあるテレビ局の放送が見えたりします。

携帯電話会社は人気のある山岳地域に基地局を設置したり、設置しようとしていますが、遭難場所から基地局が離れていたり、見通せなくても繋がることがあることがあり、逆に、電波が大きな減衰を受ける周囲の状態があることを理解して頂ければ幸いです。