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人の記憶方法

記憶力の無さに泣いてきた私にぴったりの話題です。
人間など生物の記憶メカニズムは良く判らないので後半にして、コンピューター苦手読者に捧げる、コンピューターの仕組みと記憶装置から始めたいと思います。

コンピューターのメモリー方法

コンピューターと記憶装置(メモリー)は深い関係にあります。
最初の電子計算機は計算手順をハード的に組み立てておき、数値データ−は紙テープやカードに孔を空けておき、それを電気的に読み取って計算するものでした。
計算結果の記憶は紙テープやカードに孔を空ける方法により、必要なときには再び読み込ませます。
当時の計算機の写真を見ると解りますが、計算手順通りに演算機器を接続するためのコードだらけです。

やがて、ノイマン式 という電子計算機が登場しま す。
これは計算手順と数値データーを同じ記憶装置上に置くもので、現在私たちが使っているものです。
例えば、記憶装置上に番地(アドレス)を割り当て、0番地から命令として実行して行きます。

0番地  101番地のデーターをAに入れろ
1番地  102番地のデーターをBに入れろ
2番地  A=A+Bの計算をしろ(数学表現ではA+B=A)
3番地  Aの内容を100番地に移せ
4番地
・・・・
100番地 
101番地  1
102番地  2

命令(0、1、2,3番地)も数字で記憶されているので、外からは命令とデータ−の区別はつきません。
コンピューターは命令の書いてある番地を読む度に命令アドレスカウンターの値を増減させて行き、このカウンターの示すアドレスを命令として解釈します。

時折、パソコンが「固まった( フリーズ )」とか言いますが、こんな時は命令アドレスカウンターの値が何らかの原因で狂ってしまい、データ−を命令として読んでいるか、命令語の一部だけを読んでプログラマーが意図しない動作をしているのです。
(ひとつの命令語が数番地以上に渡って書かれている場合がある)
カウンターが狂ってしまえば、命令とデータ−の区別はつきませんから、パソコンは律儀につながりの無い命令を実行し、命令アドレスカウンターの値を増減させ、そのアドレスの内容を命令と思い込み、また命令として実行するの繰り返しで、マウスやキーボードに反応しなくなります。
(固まると言ってもコンピューター内部は動いています)

さて、コンピューターの仕組みが解って頂けたところで、紙以外の記憶装置の話に戻ります。
初期には磁気テープ(音声録音用テープレコーダーみたいなもの)
磁気ドラム(茶筒のような円筒表面に磁気記録する)、 磁気ディスク(円盤の表面に磁気記録)がありました。
現在でも磁気ディスクは、“ハードディスク”として使われていますが、昔は主記憶に使ったところに特徴があります。
主記憶というのは計算途中の値を記録するような使い方で、極端な例をあげるなら
A+B=C
C+D=A
という計算の場合、 Cという記憶場所は一時的に必要なだけですが、これも外部の記憶装置を使っていました。
現在のパソコンでも、しばしばハードディスクをこのように使っていますが。
(メモリーを増やすと速くなると言われるのは、一時記憶にハードディスクを使う頻度が減るため) 
人間の記憶に入る前にもう少しコンピューターにお付き合いください。
機械的動作部分をもたない記憶装置の最初は、真空管で作った“ フリップフロップ ”という回路だと思います。
(真空管はトランジスターの前に使われていた、スイッチと増幅をするものです)
この回路は公園にある遊具のシーソーと同じで、パルス信号を与える毎に、2本の真空管が交互にオンとオフを繰り返します。
ですから、フリップフロップ回路を4個ならべて
オン、オフ、オフ、オン
という状態を保持すれば、2進数で「1001」となり、10進数で9が記憶されたことになります。
しかし、たった9を記憶するために真空管が2×4本も必要なのです。

フリップフロップ回路はトランジスターでも作られますが、最低8個のトランジスターが必要なのは変わりありません。
しかし、IC,LSI時代になってもこの回路は使われています。
電力を食うのですが動作速度が速いのです。
一般的に動作速度が速い部品は電力を食うのです。
デスクトップ パソコンがテレビ以上の電力を食うのはそのためです。

磁気メモリーというのもありました。
直径1ミリ程度のリング状の電磁石を作り、磁界の方向でオンとオフを記憶します。
これも作るのが面倒で大容量向きでは無いです。

現在、最も大容量で安いメモリーは、DRAM(dynamic random access memory) です。
これはコンデンサー1個とトランジスター1個でオンとオフを記憶します。
ストロボの時に説明しましたがコンデンサーは電気を蓄えます。
この現象を利用して記憶する訳です。
ただし、蓄えられた電気は時間が経つにつれ自然に放電してしまうので、一定時間ごとに電気を足さなければ消えてしまいます。
そのためにこの種のメモリーは、数ミリ秒毎に読み込み書き込みを繰り返す必要があります。
これがdynamicという理由です。
実際には、コンピューターの演算部分から絶対に呼び出し書き込みされない時間を狙って自己再生自己書き込みを行う回路を付属しています。

良く喩えられるのが、子供のお遣いです。
子供がお店に行くまで忘れないように、買う物を復唱するのと同じという訳です。

人の記憶方法

人間の記憶方法解明で最初に出た説(1960年代)は、化学物質として記憶するものだそうです。
遺伝情報がDNAの塩基配列にあるように、記憶も化学物質の分子の配列にあるのではないかと考える学者が居ました。
この説が真なら、他人の持つ記憶物質を解明して、同じ配列のものを作って注入すれば同じ記憶が得られるのですから記憶力に悩む人には朗報ですが、残念なことに退けられた説になっています。

現在の主流は“ニューロン回路説 ”です。
ニューロンは神経系を構成する細胞で、1本ないし数本の繊維状の突起(長いものを軸索、短いものを樹状突起)を持ち、軸索を別のニューロンの樹状突起または細胞に付け、その間に
シナプス 』を形成して化学物質を媒介にして信号の伝達を行っています。

ニューロン回路説によれば、幾つかのニューロンが輪のような回路を作り、信号はこの回路の中を回っている間だけ記憶され、情報処理が終わると、消えてしまいます。
この記憶は長くても数十秒程度です。

もっと長い記憶が必要な場合は、その信号に対しては抵抗無く通過できるようにシナプスが化学変化するようです。
抵抗が少なければエネルギー消費が少ないですから長時間記憶には有利です。

特に海馬 のニューロンのシナプスは、長期記憶に向くように変化するようで、ニューロンの興奮(信号を保持)は数時間から数日続くという実験報告もあります。
海馬と言うのは、大脳の縁付近にあるタツノオトシゴに形が似ている部分です。

しかし、シナプスにある化学物質も 他の部分と同じように代謝によって入れ替わってしまうのでいつまでも興奮を持続させることはできません。
この場合は数週間で入れ替わるようです。

ですから、何十年も前の事を思い出せる人間の記憶は別の方法によっていると考えられます。
そこで考えられたのが、記憶は、ニューロンが他のニューロンと接続している時の状態にある という考えです。
解り易く言うと、記憶が再現できるように神経細胞を接続して固定してしまうという考えです。
いうなれば、計算手順をハード的に作る初期の電子計算機です。

この考えを邪魔していたのは、生長のある時期以降は神経細胞は増えないという古典的な説でしたが、猫の筋肉に携わる神経を繋ぎ変えても歩けるようになったという実験などから1981年に神経細胞は、生長後も数が増え、機能が変わることが証明されました。

人間が生まれた時点では、ニューロンの接続は生命に根幹に関わる部分を除いて白紙状態です。
新しいニューロンには多数の接続部分(軸索と樹状突起)があり、学習という刺激によって接続部分を選んで他のニューロンと結びついていきます。
その際、刺激が強いか、刺激の頻度が多いかなどによって使われる接続部分は固定化され、全く使われないか、あまり使われない接続部分は死んで、その人固有の記憶領域が出来ます。

もちろん、一度固定化された部分も使われなくなれば死ぬのか知れませんが、前号で取り上げた夢は、コンピューターの記憶素子であるDRAMのように、自己再生しては再書き込みするときの副産物かも知れません。