光触媒のしくみ

2006年の話になりますが、中部国際空港(セントレア)で催された勉強会に参加してきた知人から、 「ガラス張りのセントレアでは、全て光触媒硝子を採用し・・・」とのメールを戴いたので、 光触媒を取り上げたいと思います。
光触媒は光のエネルギーを利用して、汚れや病原菌などが付かないようにする技術です。

さて、光触媒の説明の前に、電気を全く通さない、共有結合の(電子を共有して結合している)結晶状態の物質を考えてみます。
原子が集まって結晶状態になると、各々の原子の周りを回っている電子が作用し合ってバンドと言われる幅のある電子軌道が出来ます。
その内、原子が共有結合する為に使っている電子があるバンドを価電子帯と呼びます。
電気を全く通さない物質の場合は、価電子帯に電子が詰まっていて電子が身動きできない状態で、 且つ、価電子帯よりエネルギー順位が高いバンドには電子がありません。 (電流は電子の流れですから、物質内に動ける電子が無ければ電流は流れません)

しかし、外部から相応のエネルギーを与えると、 そのエネルギーによって価電子帯の電子の一部がエネルギー順位の高いバンドに飛び上がってきます。
すると、電子が上がったバンドでは、電子が充足する数に足りないので電子は自由に動け、 一方、電子が飛んで行ってしまった価電子帯は、電子が無くなった分だけプラス電荷を帯びるようになります。
このような状態になった物質は、価電子帯から飛び出した電子が自由に動くことが出来、 電子が飛び出してしまった価電子帯は電子の数が足りないので、外部から電子を入れることが出来るので少しだけ電気を通すようになり、 外部からエネルギーを与えると少しだけ電気を通す“半導体”となります。 ただし、半導体は電気絶縁体と電気良導体の中間の電気導電率を持つという意味ではありません。⇒半導体とは? 半導体と他の物質の違い

ここから解りやすいようにこの物質を触媒と改めて話を進めます。
触媒の価電子帯から電子が飛び上がっている状態のときに触媒に酸素分子を近接させてみます。
酸素は分子状態でも電子の軌道に不対電子(電子は2個1組の対で安定する)が2個ある不安定分子で、他の物質から電子を奪おうと虎視眈々と狙っています。
鉄や食用油などが酸化するのは、酸素に電子を奪われるからです。

酸素は触媒の価電子帯から飛び上がってきた電子を奪い、マイナスの電荷を帯びた分子として触媒の表面に付着します。
一方、触媒の価電子帯には、電子が抜け出てしまった分だけプラス電荷がありますから、マイナスを帯びた酸素分子の一部と電荷の中和を行い、酸素分子は2個の酸素原子になります。
この酸素原子は再び触媒から電子を奪い、マイナス電荷を帯びた原子状酸素(酸素原子1個)になって触媒表面上に付着します。
ここで出来るマイナス電荷を帯びた酸素分子は、人体内で作られる最強の活性酸素(スーパーオキシドラジカル)ですが、マイナス電荷を帯びた原子状酸素は更に強い酸化力を持っています。

この段階で触媒表面には、強力な酸化力を持った原子状酸素と分子状の酸素が生成されています。
この強力な酸化力が漂白殺菌剤と同じに働くのです。
窒素酸化物などの有害物質も触媒表面に付着して電子のやり取りをして分解されます。
これをセルフクリーニング機能と呼んでいます。

以上の説明が、汚れないようにしたり、殺菌したりする触媒の原理ですが、触媒の価電子帯から電子を次のバンドに飛び上がらせるエネルギーに光エネルギーを使うと表題の“光触媒”になります。

光触媒の欠点

光を当てるだけで綺麗になるのですから建造物の壁や自動車のボディーに光触媒を塗れば掃除要らずと思えますが、 光エネルギーに光触媒の弱点があります。
ご存知の様に、電子の軌道はエネルギーの大きさによって階段状になっていて、段差がどんなにあっても中間に位置することは出来ません。
そこで、電子が次のバンドに上がれるだけのエネルギーを持った光を作るか、既存の光エネルギーでも電子が上げられる物質を選ぶことになります。
光触媒は建物の外内壁に塗布して利用するのが目的ですから、太陽や室内灯の光で電子が飛び出し次の軌道に上がれる物質を選ぶ事になり、現在は酸化チタンが使われています。
酸化チタン
は白色ペンキに使われるほど安価で、非活性化した物が化粧品や食品添加物に使われるほど安全な物質ですが、光触媒として使った場合の弱点は、太陽光に3%しか含まれていない紫外光でしか触媒作用を現さないことです。
周知の通り、光のエネルギーは光の波長が短いほど大きなエネルギーを持ち、光のエネルギーの大小は波長に依存し、光量とは関係無いので、光量の多い可視光部分を当てても、 価電子帯の電子を次のバンドに上げるだけのエネルギーが得られないのです。

光エネルギー以外での弱点ですが、セルフクリーニングは、酸素や有害物質が光触媒の表面に付着出来るほど表面に近接していなければ機能しないということです。
光触媒と対象になる物質の間で、電荷をやりとりする必要があり、また、生成された活性酸素などは触媒表面から離れないので、壁に光触媒を塗布して紫外光を当てたら辺りの空気が綺麗になるということはありません。

光触媒による真のクリーニング作用

セルフクリーニング機能より実用性があるのは、光触媒の超親水性のようです。
セルフクリーニング機能が働くより弱い光エネルギーで水の表面張力が小さくなるので、 ガラスに酸化チタンをコーティングすると水滴が付いても綺麗に拡がって曇らなくなり、 その上、表面が親水性なので油脂性の汚れが付き難くなり、付いても水で流れてしまいます。
超親水性になるのは、酸化チタンをコーティングした表面に光が当たると、 表面の酸素分子と水の水素分子が水素結合するために、水の被膜が均等に作られるからと考えられています。

ところで、光触媒を外壁などに塗布する場合は、ガラス質のように酸化に強いものを塗ってから、その上に光触媒を塗る必要があります。
そうしないと、光触媒の酸化作用で塗られたものがボロボロになるそうです。
酸化チタンは白色顔料としてペンキなどに含まれていて、白ペンキを塗った部分が長年の間にボロボロになるのは、光触媒作用によるとか。
当然、光触媒作用が起きないように非活性化処理をしたものを使っているのだとは思いますが、光触媒作用は意外に身近にも見られるものです。