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自転車のスタンドの修理と鉄の焼入れと焼きなましの仕組み

自転車のスタンドが立たないと思ったら、スタンドの左右に付いているはずのスプリングが左側だけありませんでした。走行中に外れてしまったようです。
このスプリングが無いとスタンドを立てるのにひと苦労しますが、立てた後はスタンドが戻らないようにする役割を受け持っているので重要部品です。
スプリングだけ無くなったのならホームセンターの自転車売り場で200円位で売られているので取り付ければ済むのですが、下写真の赤丸内の部分のスプリングを引っ掛ける部分が折れていました。
自転車のスタンドの壊れた箇所を撮った写真
交換用スタンドは2千円弱ぐらいで買えますが、スタンドが壊れるぐらい古い自転車、しかも新品で1万円以下の自転車になると2千円も勿体無い気がしてきます。

スプリングを引っ掛ける部分が無くなっても孔の部分にスプリングの片方を掛ければ何となりそうなのですが、スプリングの片端が殆ど環状態なので引っ掛けるしか付ける方法がありません。
その引っ掛ける部分が取れてしまったのですから・・・さて、どうやって付けるか?
ペンチを2つ使って環を広げようとしましたが硬く、少し広げても直ぐに元に戻ってしまいます。
自転車のスプリングの広げたい部分を示した図
針金でスプリングをスタンドに結んでみましたが、軟鉄の針金では直ぐに伸びてしまいました。
そこで思い付いたのが「焼なまし」です。

鉄製品は大まかに、鉄、炭素鋼(鋼)、鋳鉄に分類されています。
最初の「鉄」は、フェライト呼ばれる軟らかいものが殆どで、フェライトの中に炭素が極微量含まれています。
フェライト中に存在できる炭素量の最大値0.0218%が「鉄」と次に述べる「炭素鋼(鋼)」の境になっています。

次の炭素鋼(鋼)には、0.0218%以上から約2%の炭素が含まれています。
フェライトの中には炭素は微量しか入れないので、多くの炭素は「セメンタイト」になっています。
セメンタイトは鉄炭化物と言われるもので、金属と非金属の化合物です。
セメンタイトにもなれない炭素は層状の炭素の元素化合物グラファイトになりますが、通常はセメンタイトだけです。

鋳鉄には約2%以上の炭素が含まれています。鋳鉄はマンホールの蓋や鉄瓶などに使われ、人類が最初に利用した鉄です。
鋳鉄を使うメリットは、鋳鉄には2%以上の炭素やケイ素が含まれているために溶かす温度が低くて済むことです。
鋼鉄は1500度以上にしないと溶けませんが、鋳鉄は1200度で溶け始めます。鋳物は砂を固めて作った型に溶かした鋳鉄を流し込みますが、このときの温度は1300度ぐらいです。

さて、現代、利用されている鉄の多くは炭素鋼(鋼)です。その理由は、硬さや質が鉄や鋳鉄より自由に作れるからです。
炭素鋼を熱すると鉄原子の間にセメンタイトの炭素原子が入り込んで行きます、この状態をオーステナイトと呼びます。
オーステナイト状態の炭素鋼がゆっくり冷えると炭素原子が元の状態に戻ろうとして鉄原子の間から抜けて行き、炭素鋼はフェライトとセメンタインに戻ります。
高温に熱するぐらいで炭素原子が移動して鉄の状態が変わるはずは無いと思うのですが、研究で証明されています。

鉄原子の間に炭素原子が入り込んだオーステナイトではぎゅうぎゅう詰めになるので原子が動けないために炭素鋼は硬くなり、鉄原子の間から炭素原子が抜け出ると原子が動けるようになるので軟らかくなります。
そこで、硬い炭素鋼を作るために、炭素鋼を高温に熱して鉄原子の間に炭素原子を入り込ませ、この状態を固定(マルテンサイト状態)するために水などで急激に冷します。
これを「焼き入れ」と呼んでいます。
日本刀を作るときには炭素鋼を高温に熱して叩いて原子間の隙間を減らし、それを水に入れて急速に冷却する「焼き入れ」を何度も繰り返します。
何度まで高温にするか高温に保つ時間、冷却するときの温度や冷ますのに掛ける時間などが秘伝になります。
特に冷ます時間は大きな物では深部が冷め難くなり、その間に炭素が鉄原子の間から抜けてしまうので難しくなります。
時代劇では鉄製の兜をまっ二つに割っても刃こぼれしない妖刀が出てきますが、本当に鉄を切れるなら名人が焼入れを何度も繰り返したものなのでしょう。

鉄原子の間に炭素原子が入り込んで硬くなった炭素鋼を熱してからゆっくり冷却すると、その間に炭素原子が抜け出て軟らかい炭素鋼になります。これを「焼きなまし」と呼んでいます。
「道具屋」という落語で、客に「このノコギリは焼があまい」と言われて「伯父さんが火事場で拾ってきたノコギリだから焼けている」と応えて客に逃げられるのは、火事の炎で高温になってからゆっくり冷めて「焼きなまし」になってしまったかです。

ということで、自転車のスタンドにスプリングを付ける話です。
スプリングの端の環になっている部分を家庭用ガスコンロの炎で環の部分が赤くなる以上まで焼き、空気中に冷めるまで放置します。
冷めてからペンチを二つ使って環を広げるのに成功しました。まだかなり硬い針金でしたが、焼きなましをする前と比べたら容易に曲がりました。
焼入れをして硬さを元に戻そうとしましたが、焼く温度が低すぎて失敗しました。
焼きなましより焼入れの方が高温にする必要がありますが、焼きなましの温度により、低温で焼きなますと硬さが残り、高温で焼きなますと軟らかくなります。
スプリングの端を焼きなまして広げてスタンドにつけたのが下写真
自転車のスタンドの補修し終わった写真
バネが外れてもバネを無くさないように針金で留めてありますが、その必要は無かったようです。焼きなましてもかなり硬いです。