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森林火災は役に立つ

「アメリカの森林警備隊は、積極的には森林火災を消化しない方針に変更」という報道をラジオで聴いた憶えがあったからです。
この春も、国内でも報道されるような山火事が何件かありました。
大火になれば鎮火まで数日掛かるのはご存知の通りです。
人件費を考えたらかなりの大金を投入していることになります。
ここで終わってしまうと、反社会的メールマガジンのレッテルを貼られてしまうので、「日本は狭い国だから放置は出来ないだろう」
と、暴言は取り消し、森林火災が植物に与える影響を科学的に考察してみることにします。

林野庁統計に因ると、国内で起きる森林火災は、春先から初夏に集中しています。
その頃は、晴れる日が多く、フェーン現象(注1)が重なると大火になります。
そして、失火原因の多 くは、焚き火やタバコの不始末等、人為的なものが殆どです。
(地球規模的には、自然発火(注2)があります)
国内で人為的な原因が多いのは、人の入らない自然林が少ないためで、それだけ私たちが森林を利用しているということなので仕方ない面もありますが・・・・

人為的な出火は、先ず、地表から起こります。
落ち葉、枯れ枝、その半分解物質が燃え出す訳ですが、その含水量が25%以上の時は燃えず、7%以下になるとちょっとした種火でも引火してしまいます。(注3)
地表の落ち葉等が燃えるだけなら森林全体の景観は殆ど変わりません。
しかし、落ち葉等の乾いている時の重さが平方メートルあたり200グラムを超えると、地表15-20センチ上の温度は400度以上になります。
多くの樹木の着火温度は250-300度なので、樹木全体が燃え出す可能性があります。
また、形成層(注4)の細胞が破壊される温度は70度近辺なので、燃え出さなくても枯死していることも考えられます。

次に森林が燃えてしまった後、どうなるか考えてみましょう。
地上部から生物体が無くなる訳ですが、地下はどうでしょうか。
テレビドラマの水戸黄門ですと、黄門様が閉じ込められた小屋に火を掛けられた時は地下に潜って難の逃れると決まっていました。
ということで、地上部が延焼した時の地下の温度が気になります。

ススキ型草地における地面近接層の火入れ温度の概況(注5)

観測例数 21
最高気温 400-800度
高温持続持間 200度以上45秒から120秒
400度以上10秒から65秒
500度以上 0秒から55秒
地温の上昇幅 地表面 30から170度
-2センチ 3から7度
-4センチ 0.5から1度

上記観測例は草地で森林火災ではないですが、地上部がかなりの高温に晒されてもその時間が1分前後なら地下2センチ程度でも生物が生きられる温度に保たれている可能性を示唆してくれます。
酸欠の心配を除けば、水戸黄門の作戦も思った以上に理にかなっていた訳です。

杉などの針葉樹林が火災に遭った場合、針葉樹は樹幹が焼けたら再生できないので全滅します。
その後、風によって種子が運ばれる雑草(注6)に覆われ、やがて、獣や鳥類が運んで来る種が芽を吹いてコナラや栗などの広葉樹林に変わって行きます。
しかし、広葉樹林に適さない亜寒帯林(北海道)では、数百年かけて耐陰性の強い針葉樹林に変わって行きます。

広葉樹林が火災に遭った場合は、雑草が侵入してくるのは針葉樹の場合と同じですが、広葉樹は樹幹が焼けても地下に残った部分から再生出来る種類が多いので、他の場合より早く元の景観に戻ります。

笹類が焼けた場合は笹類は地下茎の節からの再生力が強いので雑草が侵入する間もなく元の笹類が生茂り、その後は長期間、草や樹木の侵入を許さないので、樹木の下に笹類が生えている森林の場合は、火災後には長期間笹草原になる確率が高くなります。

以上のように、針葉樹林、広葉樹林、いずれの火災後も何百年後には元の森林に戻ると推測されますが、異種の植物が勢力争いをした結果として安定な森林を形成していた場合などは、元の状態に戻るには更に長い年月が必要です。

最初に触れた「アメリカの森林警備隊は、積極的には森林火災を消化しない方針に変更」という報道が真実だとすれば、森林火災に対する消火活動の無力感と同時に、自然発火に因る火災は、地球史的な時間の流れからすれば自然循環の出来事に過ぎないという解釈も成り立つのかも知れません。

注1:フェーン現象
山腹を昇るとき 雨を降らせて乾燥した空気が反対側の山腹を下るとき、地面との間で空気が圧縮されることによって温度が上昇する現象。盆地などでは良く見られる

注2:自然発火
落雷に因る発火(国内の落雷には豪雨が伴うことが多いので発火原因とはなり難い)
乾燥強風下における樹木同士の摩擦に因る発火
水滴などによる太陽光線結像に因る発火

注3:数値は「火の百科事典(丸善)」による
注4:形成層:茎および根の肥大成長を来す分裂組織
注5:岩波悠紀1972年
注6:冠毛を付けた風散布種子を持つ草、身近に見る草ならノボロギクやタンポポなど

極相:本文では触れませんでしたが、特に植物群落について、遷移によって群集の組成がしだいに変化し、その地域の環境条件で長期間安定な状態の続くことをいう。生物学用語として“極相”