植物が塩嫌う理由

2023年10月8日更新

“ヌルデ”という植物をご存知でしょうか。
日本全土の山野に自生している“ウルシ科”の落葉小高木です。
紅葉は他の植物より早く、葉は真っ赤に染まり、山野ではモミジより奇麗です。
(ウルシ科は紅葉が奇麗なのが特徴です)
このヌルデは雌雄異株で、雌木には実がなりますが、実の表面には白い粉が浮き出て来ます。
この粉は塩味がして、昔、山間部に住む人々は塩の代用としたそうです。
この粉の成分はカリ塩で、ヌルデの実は「塩の実」とも呼ばれ、ヌルデの別名も、シオノキ、シオカラノキ、ショッペノキなどで塩に由来しています。

これからが、今回の本題です。動物は塩が好きです。
人間ばかりか、本来塩味を必要としない犬や猫も塩味が好きになります。
それに引き換え、陸上に生えている植物は一部を除いて塩嫌いです。
多少の塩分に慣れる植物はありますが、植物に塩分を与えれば直ぐに枯死してしまいます。
ここで言う塩分というのは、塩化ナトリウムを指しているのですが、植物体の中にもナトリウムは微量しか含まれていません。
食品分析表に拠れば、牛肉100グラム中には60ミリグラムのナトリウムが含まれているの対し、米には2ミリグラムしか含まれていません。

生命の起源が海で、陸上植物も海から上がってきたとすれば、植物体内にナトリウムを含まないのは奇妙です。
生命体のもう一方の旗頭である動物は自分の中に海を持って陸上に上がってきました。
動物は、細胞の外側を海とみなしてナトリウムで満たし、細胞内はカリウムで満たしています。
そのため、前述のように牛肉の中にはナトリウムが多くなるのです。

植物が塩(ナトリウム)を嫌う理由を考えてみましょう

先ず、陸上とはどんな環境か?
ナトリウムと、それに相対するカリウムについて考えてみましょう。
地上の岩石、その岩石が風化して出来た土壌にもナトリウムやカリウムは含まれています (地殻変動で海底が陸地になったりしてるので)
そこに雨が降ると、ナトリウムが土壌から離れ、土壌水溶液中にはカリウムより多くなります。このため、植物はナトリウムが多く含まれている水を利用することになります。
もし、少量の雨が断続的に降った場合は、ナトリウムを含んだ水が川に流れずに滞留することを繰り返すので、植物が利用できる土壌水溶液中のナトリウム濃度は更に高くなります。
乾燥地に水を引いて農地にした場合も、水によって土から離れたナトリウムが川に流れないためにナトリウム濃度が高くなり、土の表面に塩が浮き出てきます。

次に植物の身体の作りを動物と比較して考えてみましょう。
動物にあって植物に無い物は、心臓です。
心臓は言うまでもなく体内に栄養を行き届かせ、老廃物を回収するために使用する血液を動かすためのものです。
植物も生命体である以上、栄養を行き届かせ、老廃物を捨てなければなりませんが、動物のように血液を介して循環してはいません。
地中から得た水分や水に溶けた栄養は、葉からの蒸散効果で葉まで送られます。太陽に照らされた葉からは水分が蒸発するので、その力で水分が根から葉まで吸い上げられる訳です。
老廃物は、と言うと、置き去りにされます。幹や枝などは古くなった細胞組織の上に新しい組織を作って成長していきます。この痕が年輪です。
葉に残った老廃物は秋から冬にかけて落葉という形で捨てます。松などのように常緑樹も古い葉を少しずつ落としています。
動物は血液を循環させて栄養や老廃物を動かす為に血液量や浸透圧の調整に使うナトリウムを必要としますが、植物は血液循環をさせる必要が無いのでナトリウムは必要としません。

心臓の他に目立って違うのは、細胞の壁です。(もちろん、臓器なども違いますが)、動物の細胞は軟らかい膜で覆われています。
軟らかい膜でおおわれている細胞の形を維持する為に生まれ故郷の海水と同じ塩分が必要とされます。
一方、植物の細胞は硬い壁で守られています。硬い壁で作られているからこそ、蒸散効果で水分を葉まで吸い上げられる訳です。
ビニール袋の様な軟らかい材質で作られたストローでは、吸ったらストローが潰れてジュースが飲めないと同じです。
という訳で、植物の場合は、細胞の形の維持の為の塩分も必要無い訳です。

ここでまとめますと、植物が根が張っている土壌水溶液中にはナトリウムが多い のに前2段落で説明したように、植物には塩分(ナトリウム)は必要ないということになります。

塩分が必要無くても、枯れないで吸い上げてから捨てれば良いという考えもあるかと思います。動物は摂り過ぎた塩は尿として捨てますからね。
(塩は動物には貴重なので捨てたがらない構造になっているため高血圧の方は困ってます)

ここで問題になるのは、浸透圧です。
根の周りに水分が豊富にあってもその水にナトリウムが多く含まれていれば、根の中の水が周りのナトリウムの濃度を薄めるように動きたがるので水分を吸収するどころか逆に出ていってしまい、枯れます。
自然界の法則で、濃度の違う溶液が隣接していると、濃度を平均化するような力が働きます。
これが浸透圧です。

浸透圧問題がクリアーできた植物には、ナトリウムの過剰摂取という問題が待っています。
前述のように、植物は根から大量の水を吸い上げることによって生きています。
人間のように味噌汁は1日1杯までと制限できないので、ナトリウム濃度が高い水でも吸い上げないと生きていけません。
ナトリウムは水と一緒に葉から飛んで行かないので、植物体内は異常にナトリウム濃度が高くなって、枯れます。

それでも、広い植物界ですから、少しぐらいの塩(海水の2倍程度の濃度)には平気な植物も存在します。
これらの植物は、吸い上げたナトリウムを葉などから出す、カリウムやショ糖の濃度を調節して浸透圧を正常に保つ、細胞内の“液胞”という部分にナトリウムを閉じ込める、という機能を持っています。
液胞は、袋状の構造で、若い細胞には無く、成長するに連れ大きくなり、終いには細胞の大部分を占めるようになります。
液胞の 役割は、細胞内での老廃物や再利用物質の貯蔵や圧力の調節です。
植物が落葉したり一部が枯れるのは老廃物の排出になっています。下写真は今年2023年春に採取ししたヨモギですが、同株から新芽が出て伸びて来ると元の茎は枯れてしまいました。
 ヨモギの新しい芽が出て古い茎が枯れた写真
2023年10月2日撮影

吸い上げたナトリウムを出す植物には、マングローブがあります。
マングローブは熱帯・亜熱帯の海岸・河口付近に生える植物の総称ですが、根が海水に浸っていることもある植物です。
マングローブは葉に“塩腺”という器官が有りナトリウムを出しています。
この植物は、日本では沖縄・八重山諸島(石垣・西表方面)に生えています。
首都圏にお住まいなら、東京・葛西の水族園で見られるかも?
葛西で見たことがあるのですが、ずいぶん前の事なので確証がありません。

カリウムやショ糖の濃度を調節してナトリウムに抵抗するタイプは、イネ科のヨシです。

細胞内の液胞にナトリウムを閉じ込めるタイプは、アカザ科アツケシソウです。 植物体乾燥重量の10%を超えるナトリウムが閉じ込められています。