生体にとりつくカビと抗生物質

カビは、有機物に生えるものと、生物体に生えるものに2分類されます。有機物に生えるカビは、腐った物や人工的に作られた物にも生えます。

生体とカビとの戦い

生物体に生えるカビは、とりつく物(寄生するもの)が生きて居ないと生存出来ません。
そのため、植物の中には、カビを防ぐ自己防衛手段として、とりついたカビが芽を出した直後の一番弱い時に自らの細胞を殺し、他の細胞への伝播を防ぐ『 過敏感反応死 』と謂われる機構を発達させたものがあります。

死んでいる有機物に生えるカビは自然の掃除屋さんとして重要ですが、生物体に生えるカビは食うか食われるかの自然の掟の中で生きています。
その結果、或る肉食動物が特定の肉食動物や草食動物を食べるような生き様がカビ にもある訳です。
ミカンなどの柑橘類だけに生える緑カビはその例です。
こういう意味では、植物同様に自らは動けなくても、生物体に生えるカビは動物的です。

当メルマガの読者は男性が多いらしいので、御自身で食事を作られる方は少ないと思いますが、“肉じゃが”や“カレー”のジャガイモの中に硬いものが混じっていたご経験は無いでしょうか。
他の芋は形が崩れるほど煮えているのに、その芋だけは芯が残って硬いことがあります。 ポテトサラダ作るために潰そうとしてもその部分だけは潰れません。
この硬い部分は“ フィトファトラ・インフェタンス ”というカビに寄生された部分で、ミカンに寄生する緑カビと同じ様にジャガイモに特有なカビです。

このカビは、空中に胞子を飛散させるのではなく、 遊走子 というものが水中を泳いで伝播します。
その為、ジャガイモ生産にとって雨は大敵になります。
梅雨の無い北海道が大産地なのは広い土地ばかりではなく病気の面からも有利な訳です。

さて、フィトファトラ・インフェタンスに付着されたジャガイモは『過敏感反応死』で防衛します。
実験に拠ると、フィトファトラ・インフェタンスの菌糸がジャガイモの細胞に侵入するまで4時間掛りますが、ジャガイモの細胞が過敏感反応死の準備に掛る時間は2~3時間だそうです。
以前、当メールマガジンで、動物の細胞は他の細胞と密接に連携して生命活動を維持するが、植物細胞のそれは弱く、条件に拠ってはあらゆる器官(葉、花、茎、根など)に分化できると書きました。
その個が強い細胞が他の細胞の為に自ら死ぬというのは感動物です。
(考え過ぎですが・・・・)

ジャガイモは『過敏感反応死』以外の防衛手段も採ります。
病原菌の発芽成長を抑制する化学物質を体内に蓄積する方法です。この抑制物質のことを一般的に“ ファイト・アレキシン ”と呼びます。
しかし、病原菌にとって有毒な物質はジャガイモにとっても有毒な物質で、ジャガイモは自らの命を懸けてファイト・アレキシンを蓄積し、病原菌を封じ込めようとします。

フィトファトラ・インフェタンスに侵されたジャガイモでも、冒された部分を除けば味に変わり無く食べられるのはご存知の通りです。

しかし、同じ芋でもサツマイモの場合は、サツマイモに特有なカビである“ セラトシスティス・フィムブリアナ ”菌に冒されると芋全体が苦くなり、表面が黒くなり、『 黒斑病 』と言われます。

抗生物質はカビの生存競争から生まれた

ところで、ミカンの緑カビ(ペニシリュウム・デイギタアタム)、ジャガイモのフィトファトラ・インフェタンス、サツマイモのセラトシスティス・フィムブリアナは、それぞれ決まった植物に寄生し、次の世代の胞子を飛散させて役目を終える訳ですが、それまでの間も寄生された植物の細胞は死んで行きます。
細胞が死ぬとただの有機物になるのですから、自然界の掃除屋さんとも謂えるカビたちがとりつくと考えるのが普通です。
ところが、胞子を飛散させて役目を終えるまで、他のカビは生えません。
他のカビの発芽成長を抑制している物質を出しているのです。
この抑制物質が現在私たちがお世話になって居る医薬品・ 抗生物質 なのです。