メダカは変わっている不思議な魚

メダカについて書くにあたって、「最後にメダカを見たのはいつだろう?」と考えてみたのですが、はっきり憶えていません。
マスコミを通して“メダカがいなくなった”と知った年、近くのホームセンターで売られていたメダカを見たのが最後でしたから、メダカが“絶滅危惧種”に指定された年だったとすれば1999年です。
それまでメダカは何処にでもいると思っていました。絶滅危惧種に指定されたと聞いても、私の周りには田畑が残っているので探せば見つかると。
売られているメダカを見たときも「都会ならともかく、何でこんなものを・・・」と思ったぐらいです。
それ以前にも、“本来、メダカは地方ごとに違う種が棲んでいるのだが、DNAを検査すると種が入り混じってしまっている”と新聞に載っていたのは読んだことはあったので、血筋の良いメダカを増やしたら儲かるのでは、などと悪心を起こして、子供の頃メダカと戯れた河の淀みや田園地帯を流れる農業用用水路に行ってみました。
ところが、メダカの黒い姿が全く見えないのです。
川面にパンの切れ端を投げ入れても、メダカどころかハヤの姿も見えてきません。
これはショックでした。

手許の広辞苑でメダカを引くと“目高”と漢字を当てています。
キンメダイのように一際大きな眼では無いし、眼が高い位置に付いているとも思えませんが、眼が上方・・・水面に向いているように見えるからでしょうか。
眼が水面を向いている理由を考えてみると、水面に近い層を泳ぐ彼ら超小型魚の敵は鳥などで、上方に警戒心が向いている血筋が自然淘汰で残ったのでしょう。
彼らの食べ物は、水面に落下した小さな昆虫や動植物性プランクトン、珪藻などですが、多くは動植物性プランクトンで、ハヤなどはいつも鋭敏に動き回っているのに対して、メダカは敵が近づいてから動きが速くなるという観察結果が鳥などから身を守る為に眼が上方に向いている理由になると思うのですが。

ところで、“メダカもトトの中”という表現があります。
目高のような小さな魚でも魚の一つから転じて、些細なものでもその仲間だという意味ですが、メダカは川魚の中では特異な魚のようです。
その一つに、メダカは海水魚に似ている点が挙げられます。
メダカは世界中で14種生息していますが、 海水中に棲むインドメダカを筆頭にどの種も塩分に対して強く、海水中では生きられない日本在来種(ニホンメダカ)も海水が60%入った汽水で生活できます。

魚にとって環境中の塩分濃度が重要なのは言うまでも無く浸透圧から身体を守る為です。
淡水魚、海水魚を問わず魚の血液のイオン組成は海水の3分の1になっています。
ですから、何の防御機構が無い淡水魚を淡水中に放せば、漬物を水にさらしているように塩分などがどんどん抜けて行ってしまいますし、海水魚は塩水の中に入れた青菜のように萎れてしまいます。
それを防ぐために、魚は粘液物質で身体を覆って皮膚から海水や水が入り込まないようにしています。
この粘液物質を拭き取ってしまうと浸透圧の調整が出来なくなって死んでしまいます。
能動的には、鰓、腎臓、腸から水分を補給、或いは塩分を出して調整しています。
淡水から海水まで幅広い塩分に耐えられる魚はメダカの他に、ウナギ、ニジマス、カワスズメ(モザンピークピラニア)が知られています。
カワスズメは全長40cm、1954年タイから移入された熱帯性のもので、孵化した稚魚がメスの口内に隠れるという変わった魚ですが、海水の2倍の塩分濃度まで耐えられます。

話は絶滅危惧種に指定された年より更に遡るのですが、何かにとりつかれたように魚が飼いたくなりました。
とは言え、地方のことですし、金欠病ですからお店で観賞魚を買って来ようなどとは直ぐには思いつきません。
1週間ほど彷徨してから市内の観賞魚店に入りました。
小さな店内には、入門書の表紙に載っている程度の魚が水槽内を泳いでいました。
その奥に縁日の金魚掬いに使うような金魚とヒメダカ(赤っぽいメダカ)が置いてありました。
しばらく後で知ったのですが、金魚とヒメダカは主に肉食魚の餌として売られているようなのです。
もちろん、雑魚に近い種類の金魚とヒメダカを、この種の店で買われても大事にされている方もいっらしゃるのでしょうが、少々カルチャーショックを受けました。

さて、このヒメダカですが、私は鑑賞目的に作られた交配種だと思っていました。
でも、自然変異種で、ヒメダカが記録に最初に現れるのは「大和本草(小野蘭山1780年)」のようです。
ヒメダカに限らず、変異種が多いのはニホンメダカの特徴で、ニホンメダカ(とハイナンメダカのみ)には“トランスポゾン(transposeon)”という動く遺伝子があり、この遺伝子は色素を作る遺伝子に飛び込んだ場合には色素細胞を異常にして体色を変えてしまいます。

普通、色素が異常に生まれついた動物は生命力が異常に低下していて長生きしませんが、ヒメダカは、水温24-28度、日照(150ルックス)13時間以上ある4月から9月末まで産卵して増え続け、100ルックス以上の光を14時間以上を当て続ければ年中毎日産卵して増えます。
100ルックスという照度は、暗い居間や明るい廊下程度の明るさです。

メダカ1匹の全卵数は4,000個ぐらいと言われていますから、数個から数十個毎日産み続けた場合には1年足らずで寿命が尽きてしまいます。
このようにメダカの繁殖力はすごいのですが、冬場に水温を上げて飼うと寿命が縮まるようですから、産卵に適した環境が年中続くというのは個体の生き方としては過酷で、 種子を作ることが老化に繋がる植物を思い起こさせます。
自然界では秋から春までは水温が低く、日照も短いので、春に孵化して成長したメスは、生まれた年と翌年春以降と年を跨いで産卵し、1,2年ほどで死にます。
(メダカの繁殖力を生かして、食糧難時代にはメダカを養殖する研究をされた方がいらっしゃいましたが、第二次大戦前か後かなど詳細はこの記事を紛失して判りません)

話は前後しますが、メダカの産卵は日照時間が多くなって産卵する長日性で、産卵時刻は日照周期に完全に支配されています。
外が明るくなる1時間前に排卵され、外が明るくなる2-3時間後に脳下垂体から分泌されるゴナトドロピンにより、以後のホルモンが合成されて卵の熟成と成長が始まります。

因みに、グッピーを卵胎生メダカを言いますが、メダカはメダカ科、グッピーはカダヤシ科グッピー属です。カダヤシというのは“蚊絶やし”で、マラリアを媒介する蚊(ハマダラカ)の幼虫を捕食するので川などに放流され、この和名が付きました。(日本に移入されたのは1919年)