抗生物質はカビの生存競争から生まれた、植物が自身にカビが生えるのを防いでいる方法
箱売りを買う大好き人間の頭を悩ますのは、1箱百個弱からの百数十個のミカンの中には、カビが生えて傷んだみかんが数個は含まれていることです。
購入当初カビが生えていなくても1週間も経てばカビが発生し、困ったことには他のミカンにも急速に移ります。
私の失敗談ですが、過日、某スーパーの開店売り出しで買ったみかん1箱に10個以上もカビが生えたミカンが入っていたばかりか、次から次へとカビが移ってしまい、カビと競争してミカンを食べる羽目に陥ってしまいました。
このスーパーは箱に詰めたまま長期間売れなかった物を安く買ってきたに違いありません。
ミカンを贈答品にする場合、特に早生種は気を付けた方が良いです。
箱売りを買った者、もらった者の心得 として、直ぐに全てのミカンのカビの有無を検査し、カビの兆候の出ているものは捨て、出来れば箱を取り替えて詰め直し、日に一度はカビの有無を確かめることです。
ミカン好きならご存知な話はこの辺にして、本題に入ります。
カビと言えば、梅雨期から夏、高温多湿と思うのですが、ミカンに生えるカビは、低温で乾燥している冬場にも成長し、子孫を増やしています。
そして、そばに置いたリンゴやバナナなどに移ったのを見たことがありません。
この事からミカンに生えるカビは特異だと推測できます。
死んでいる物や無生物に生えるカビ
有機物さえ有れば良いので何処にでも生えます。自然界の掃除屋と言えます。
生きている物に生えるカビ
生きている物に生えるカビの場合は、生物界の掟が当てはまります。
すなわち、食うか食われるか、共存共栄か、或いは無関心かです。
ミカンとカビの場合、ミカンとカビは双方とも生きているのでこの範疇に入り、ミカンはカビに食われています。
実は、ミカンに生えるカビは、ミカンやグレープフルーツ、レモンなどの柑橘類向きに特化されたもので、最初に 緑カビ (=俗称、学名 ペニシリュウム・デイギタアタム )が生え、その後、ブルーの胞子を付ける ペニシリュウム・イタリシウム 、というカビが生えてきます。
この2つのカビは、柑橘類に含まれている プロリン という アミノ酸 によって発芽促進作用を起こす種類です。
温州ミカンの果皮には、このプロリンが0.3%ほど含まれています。
グレープフルーツにはプロリンは少ないのですが、同様な発芽促進作用のあるアスパラギンが含まれているために同種のカビが生え、 輸送期間が長い輸入柑橘類には、ジフェニルなどの薬剤が防カビを目的に使用されています。
植物が持つカビ防御システム
ミカンと緑カビのように敵対関係にある場合、カビに取り付かれる生物は黙っている訳ではありません。
ミカン(果実)の場合も皮に油性分を含むなどして、カビは寄せ付けない仕組みを持って居ると考えられます。
緑カビの場合は、ミカン自身が生成するプロリンを逆に活用して、 ミカンの防御システムを打ち破るという仕組みを勝ち得たということです。
また、緑カビの被害が早生種に多いという事実から、自然界では育ち難い品種を人工的に作り上げたしっぺ返しとも言えます。
この事はあらゆる農作物に当てはまります。
私が子供の頃には考えられなかった、サラダ用のほうれん草、甘いトマトやニンジンなど、甘さを求める消費者に合わせて、 植物本来の苦み(灰汁)を軽減する品種を作り上げた結果、より多くの病害虫を寄せ付け、農薬量が増えています。
鑑賞用のバラもノイバラから品種改良され、今では農薬が無ければ枯死するまでに耐病耐虫性が弱くなっています。
カビは胞子が空気中に飛散することによって子孫を遠くに移します。
昔、パンを作る時に使った酵母菌を空気中から採取した事実から推察されるように、空気中にはありとあらゆるカビ胞子が浮遊しています。
植物側の外面的な防御策は、胞子を付着させないことです。
その為に、椿のように葉の表面をツルツルにコーティングする。
枇杷のように葉に細かい毛を生やす。
などが考えられますが、問題は、葉の裏にある“気孔”です。
気孔は、 光合成に必要な炭酸ガスの吸収、水の蒸散を受け持つなど、生死に関わる重要な器官ですが、 梅雨時には気孔が開いている時間が長いので弱点になります。
内側からの防御策としては、カビの嫌いな成分を分泌します。
多くの植物はこの方法を採っていると考えられますが、カビの中にはその分泌物を好むように進化しているものがあるので万能ではありません。
各々の固体の生命力の差も影響するので、食うか食われるか、カビと植物体の生存をかけた戦いがここにも有る訳です。
もっと過激な防御策があります。
『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり』という格言の実行です。
カビ胞子に付着されたら、カビの胞子が休眠から醒め発芽状態になった直後にカビ胞子が付着した部分を枯れさせます。
生きている生命体でなければ生きられないカビがあり、植物に取り付くカビはこのタイプなので死んでしまえばカビも死滅します。
これを『 過敏感反応死 』と言います。
ところで、肉じゃがやカレーに入っているジャガイモの中に硬いものが混じっていたご経験は無いでしょうか。
他の芋は形が崩れるほど煮えているのに、その芋だけは芯が残って硬いことがあります。 ポテトサラダ作るために潰そうとしてもその部分だけは潰れません。
この硬い部分は“ フィトファトラ・インフェタンス ”というカビに寄生された部分で、 ミカンに寄生する緑カビと同じ様にジャガイモに特有なカビです。
ジャガイモは『過敏感反応死』以外の防衛手段も採ります。
病原菌の発芽成長を抑制する化学物質を体内に蓄積する方法です。 この抑制物質のことを一般的に“ ファイト・アレキシン ”と呼びます。
しかし、病原菌にとって有毒な物質はジャガイモにとっても有毒な物質で、ジャガイモは自らの命を懸けてファイト・アレキシンを蓄積し、 病原菌を封じ込めようとします。
フィトファトラ・インフェタンスに侵されたジャガイモでも、冒された部分を除けば味に変わり無く食べられるのはご存知の通りです。
同じ芋でもサツマイモの場合は、サツマイモに特有なカビである“ セラトシスティス・フィムブリアナ ”菌に冒されると芋全体が苦くなり、表面が黒くなり、『 黒斑病 』と言われます。
抗生物質はカビの生存競争から生まれた
ところで、ミカンの緑カビ(ペニシリュウム・デイギタアタム)、ジャガイモのフィトファトラ・インフェタンス、サツマイモのセラトシスティス・フィムブリアナは、 それぞれ決まった植物に寄生し、次の世代の胞子を飛散させて役目を終える訳ですが、それまでの間も寄生された植物の細胞は死んで行きます。
細胞が死ぬとただの有機物になるのですから、自然界の掃除屋さんとも謂えるカビたちがとりつくと考えられますが、 胞子を飛散させて役目を終えるまで、他のカビは生えません。
他のカビの発芽成長を抑制している物質を出しているのです。
この抑制物質が現在私たちがお世話になって居る医薬品・ 抗生物質 なのです。