輸出された雑草 葛
“葛(くず)”という植物をご存知でしょうか。
ウチワの様な丸い、大きな柔らかい葉を持った“つる性植物”です。
花は、藤の花を長さ10センチ程に縮めたように赤紫の小さい花を房状に付けます。
全国の山野に自生し、高速道路傍や新幹線の高架下、堤防などでも見られます。
葛という植物は見たことが無くても、漢方薬の“葛根(かっこん)”、和菓子の“葛餅”、“葛湯”の原材料(注1)と言えば、お分かりになる方も多いと思います。
葛の形や花は、食べられる野草、薬草、或いは雑草などを扱った書籍に掲載されていますので機会がありましたらご覧ください。
葛が輸出される切っ掛けは、19世紀末、米国務省の植物探検隊が来日した折り、野生の葛で家畜を飼育しているのを見たためだと思われます。
1902年探検隊に加わって居た D・フェアチャイルドは、ワシントンの自宅で葛を利用し始めました。
同じ頃、フロリダ州の農民 C・プリーズが家畜が好んで葛の葉を食べるのに目を付け、高品質の飼料として売り出しました。
1920年代に入ると、鉄道会社が飼料作物の輸送量が増えると期待して葛の苗の無料配布を行い、葛はアメリカ南部一帯に広まりました。
1929年ウォール街の株暴落を切っ掛けにアメリカは不景気に突入し、南部の農家は家畜の飼料代にも困り、手間要らずで荒れ地にも育つ葛を飼料として植えるようになり、葛は急速に広まりました。
1936年農務省土壌保全局が工事現場の土砂流出を防ぐ目的で、葛を植えることを奨励し始めました。
テネシー川開発計画で、葛はその地位を不動のものとしました。
葛の栽培には、連邦政府が補助金を出し、また、雇用創出政策の一環として、堤防や高速道路の法面に葛を植える事業も始めました。
しかし、1950年代に入ると、葛の侵略性(植え付けた所以外にも広まる)と駆除の困難が明らかになった上、飼料としての価値も下がり、1970年米農務省が『葛は雑草』と宣言して、葛はその地位を完全に失いました。
以上が、アメリカでの葛の栄枯盛衰です。
なぜ、強害雑草と言われるか、ですが、以下のように駆除が難しい点が上げられます
- 根茎が太く、地中深くまで伸びるために完全に抜くことが難しい
- つるが伸びて地面に触れると、そこから根が出て独立した個体になり増える
- 種子は、硬実度が多様。水を吸い込みやすいものから吸い込み難いものまで多種あり、水を吸い込み難いものは発芽まで長い年数を経て発芽する。
- 大きな葉と高さ10メートルも伸びる茎が他の植物に絡み付くと、それが受ける風圧の為に絡み付かれた植物が折れてしまうことがある
- 大きな葉は日光を遮り、他の植物の生育を阻害する
- 葉には、他の植物の発芽を抑制する成分がある(?)
- 地中深くにまで太い根を張るため、乾燥地の緑化に適し、土砂流出を防ぐ効果がある
- 成長が早く、マメ科特有の空中窒素の固定が出来て緑化肥沃化に効果的。
どの植物にも当てはまる事ですが、葛も良い点悪い点を持ち合せています。
アメリカでは葛の悪い点が取り上げられ、救世主のように迎え入れられたものが“雑草”にまで落とされてしまったのですが、一方、日本では、秋の風物詩として花を愛でる人たちが多く居ます。
1876年(明治9年)
アメリカ、フィラデルフィアで開催された万国博覧会の日本の出品物の中に、葛の押し葉と根茎があったほど誇ることができる植物だったです。
日米の違いはなぜ起きたか?
環境が違うと言えばそれまでなのですが、具体的には、アメリカには葛の生育を妨害する竹・笹類、イネ科雑草などの地面に根を張る植物少なかったことが、葛の侵略性を増幅させたと思われます。
強害雑草と言われる理由でも述べたのですが、葛はつるを伸ばし、そのつるが接地して新しい個体を作ります(注2)
ご存知のように竹薮や笹原、イネ科雑草原は地面が掘れないほど根が密に張っています。
こんな所に葛のつるが伸びても地面に着けない、たとえ地面に着けても根を張り成長することは困難です。
種子が落ちても同様です。
逆に、竹や笹類、イネ科雑草から見れば、大きな葉で日光を遮られ、高さ10メートルも巻き付く葛は、生育に邪魔な存在で、これらの植物と葛が競合している地帯では互いに成長が妨げられています。
アメリカでの葛の失敗は、互いに抑制競合関係にある生物の存在が生態系では重要だという証しかも知れません。
注1:
葛根・・・秋に根を掘り起こし、コルク層を剥いだ物が日本薬局方で薬と認めらている“葛根”で、これを煎じたものが有名な“葛根湯”です。
数種のイソフラボン誘導体を含み、発汗作用があると言われています。
漢方薬を扱った書籍には、採取・利用法が載っています。
葛餅と葛湯・・・葛の根には、10-14%程度のでんぷんが含まれていて、このでんぷんを取り出した物が和菓子の材料になる葛粉です。
しかし、葛からでんぷんを採るのは手間がかかるため、葛粉は高級和菓子に限られ、一般的にはジャガイモから採った“馬鈴薯でんぷん”が使われるようです。
葛根からでんぷんを採るには、秋、地上部が枯れた頃、根を掘り起こし、その根をハンマーなどで出来るだけ細かく砕き、水に晒します。
その水を静かな場所に置くと、でんぷんが沈殿してきます。
テレビで見たのですが、或る採取業者の方は、根に土が付いた状態で砕いていました。
土が付いた状態の方が良いでんぷんが採れるのだそうです。
その代わり、土とでんぷんを分ける為に、でんぷんを沈殿させる作業の回数が増えます。
注2:
つるなどを伸ばして増える方法を栄養繁殖と言います。
芽挿し、根挿し、挿し木なども入ります。
種子を作る必要が無いので植物にとって効率が高い増え方ですが、殆どの場合は親(?元にあった植物体)と同じ性質を受け継ぐので環境に適した変化が出来ずに困ることがあります。
葛の場合は、種子から芽生えたものが花を咲かせるまで数年かかります。