踏鞴製鉄(たたらせいてつ)
踏鞴製鉄の話の始まりは八岐大蛇(やまたのおろち)です。
八岐大蛇は島根県出雲市の東側を流れて宍道湖に注ぐ大河・簸川(斐伊川)の上流に生息していたという、酸漿のような眼を持ち、頭と尾が八つに分かれた大蛇です。
八岐大蛇は、毎年、老夫婦の娘を食べにやってきて、この年は8人姉妹の末娘の奇稲田姫(くしなだひめ)の番でした。
これを知った、素戔嗚尊(すさのおのみこと)は八岐大蛇を退治して奇稲田姫を救い、大蛇の尾を割いて天叢雲剣(あまのむらけものつるぎ)を取り出しました。
素戔嗚尊は、高天原の主神であり、皇室の祖神といわれる天照大神の弟です。
そして、天叢雲剣は天照大神に献じられ、後に草薙剣(くさなぎのつるぎ)と称し、熱田神宮に奉られたといわれます。
この話は、大和朝廷が出雲地方に大勢力を持っていた豪族を従わせると同時に、彼らが持っていた製鉄技術と上質な砂鉄を手に入れようとした事を神話として伝えています。
八岐大蛇の酸漿のような眼は彼らがつくっていた真っ赤な鉄、尾から出てきた剣は鉄製武器、八つに分かれた頭と尾は彼らの勢力範囲が広かった事を表しているのでしょうか。
古代ギリシャに於いて、鉄製の武器を持って侵入し、ミュケーナイ文明を破壊して暗黒時代に導いたドーリス人の例にあるように、鉄製武器や農具の力は青銅製よりはるかに勝っていました。
出雲大社は大和朝廷が自分たちが滅ぼした部族たちの怨霊が鎮まるように建てた神社です。
そのため、出雲系の神社の参拝は「二拝四拍手一拝」で、他の神社の「二拝二拍手一拝」とは異なっています。
余分に手を2回叩くのは、怨霊を封じ込めるためと言われています。
ところで、「たたら」とは神代では、足で踏んで空気を送り込む「大きなふいご」のことを言いました。
日本の古代において、鉄は、砂鉄と木炭を交互に積み重ねて火を点け、そこにふいごで空気を送り込んでつくりました。
原料の砂鉄は酸素と鉄が結合した四三酸化鉄 です。
鉄原子が3個、酸素原子が4個結合した安定した物質で、早い話、鉄の黒錆です。
しかし、赤錆などとは異なって磁石に着きます。
砂鉄は鉄ではなく錆ですから、錆から酸素をとって(還元)鉄をつくります。
酸素をとるには、酸素が鉄より好きなものを持ってくればよいので、製鉄では一酸化炭素が使われます。 一酸化炭素は、不完全燃焼で発生する猛毒ガスです。
たたら製鉄では、木炭から出る一酸化炭素が砂鉄から酸素を奪って、砂鉄は鉄になります。
しかし、木炭ではふいごで酸素を送って燃やしても温度が低いので砂鉄中に含まれる不純物が完全に除けません。
そのために、純度の高い砂鉄がとれる斐伊川で「たたら製鉄」が盛んに行われたのです。