GPS用アンテナの構造
これまで取り上げたアンテナの基本形は、使用周波数の約2分の1波長の金属棒(線)を使う“ ダイポールアンテナ ”とよばれるものでした。
これは、金属棒(線)上で高周波電流を共振させて強い電流を作り、その近傍に強い電界を作ることによって効率良く電波を放射させるもので、 管楽器が筒の中で音波を共振させ、弦楽器が弦を共振させ、その近傍の空気粒子を強く振動させることに似ています。
このダイポールアンテナを中点で半分を切り捨て、大地に垂直に立てたアンテナは、“ モノポールアンテナ ”とよばれます。
このアンテナは、水平に置いた鏡の上に垂直に楊枝を立てて見ると鏡に映った逆向きの楊枝が見えるように、 地中に逆向きのアンテナが突き刺さっているように考え、ダイポールアンテナと同じだと考えます。
もちろん、地中のアンテナは仮想上のものですから、高周波電流が流れて電波放出に寄与する部分は地上部だけなので、効率はダイポールアンテナの半分となります。
カーナビに使われている通信方式
金属棒(線)を使ったアンテナは他にもありますが、「おもしろくないよ」という声が聞こえてきそうなので、少し目先を変え、カーナビゲーションに使われている GPS受信用アンテナ に飛びます。
カーナビは複数のGPS衛星からの電波を受信し、それぞれの電波(の位相)を比較して3次元の位置情報を算出しています。
電波の速度は俗に1秒間に地球7周り半といわれるほど高速なのに数メートルの位置の違いをどうやって求めるか?
アンテナよりこの方が興味がある読者さんもいらっしゃると思うのでアンテナの話をする前に少し述べます。
この秘密は、GPSで使われている“ スペクトル拡散方式 ”という通信方式にあります。
スペクトルというのは、太陽光を三角プリズムに通すと色々な色の光に分かれこれを太陽光のスペクトルといいますが、これと同じ意味です。
高周波電流を作る理想的な回路から出てきた電波は、光に喩えれば単一光であるレザー光線と同じようにその周波数しか存在しません。
1000MHzの高周波電流からは1000MHzの電波しか放射されない訳です。
これではスペクトルになりませんから、音声信号などを含んだ高周波電流を或る周期を持ったデジタル信号と演算します。
電子回路で演算(主に乗算)するのですが、反論があるのを承知で解りやすく言えば、デジタル信号が“1”のときは高周波電流を流す、 “0”のときは止めるという回路を組み合わせて作ります。こうすると、高周波電流の波形が複雑な波形に変わります。
どんな波形でも色々な周波数と大きさを持った正弦波を重ね合わせると作れますから、 逆に言えば、複雑な波形を持った高周波電流には、色々な周波数と大きさを持った正弦波が入り混じっているということです。
含まれる周波数は元の周波数を中心にして広い範囲にわたって拡散していますから、アンテナから電波として放出した場合もその周波数は広い範囲にわたっています。
受信する場合は、広い周波数にわたって受信できる受信機で受信した後、得た高周波電流と送信側で使った或る周期を持ったデジタル信号とを演算します。
すると、送ったときに使ったデジタル信号と受信側で使ったデジタル信号が同期(時間的に一致)すると音声などの信号を含んだ元の高周波電流が得られます。
GPSでは、元の信号が得られるまでデジタル信号の位相をずらし、その程度からGPS衛星からGPS受信機までの距離を計算します。
けれど、スペクトル拡散通信方式というのは、距離の測定より通信の秘匿に大きな意味があります。
送る側で信号を広い周波数にわたって放出(拡散)すると、周波数あたりのエネルギー密度が低くなってしまい、 内部雑音 の多い受信機や受信周波数の帯域が狭い受信機では電波の有無さえ識別できない可能性があり、 たとえ受信に成功しても、送信側で拡散する為に使ったデジタル信号が判らなければ信号にできないのです。
※内部雑音の多い受信機というのは、どんなに良く電流を通す物でも電流を流すと熱が出て電流の流れを邪魔します。これが雑音になるもので、抵抗がゼロにならない限り避けられません。
GPS用アンテナの原理
GPS衛星から地上に降り注ぐ電波の周波数は、1575.42MHzですから、2分の1波長は約9.5cm、 ダイポール型で作れないサイズではありませんが、右らせん回転の円偏波(電界の向きが進行方向に向かって右らせん状に向きを変える)なので、 効率よく受信するにはダイポールアンテナを2本を直角に交わるように配置して出力を合成する“ クロス・ダイポールアンテナ ”にする必要があります。
モノポールアンテナでも受信できます。
実際にカーナビに付いているアンテナは高さ1cm、3×4cmほどの直方体のブロック状のもので、“ マイクロストリップアンテナ ”となっています。
このアンテナの構造は、広い金属板Gの上に絶縁物(誘電体)を貼り付け、中央に貫通する小さな穴を開けます。
次に絶縁物を挟むように、或る大きさの四角形、または円の金属板を、その中心が先に空けた穴の位置になるように貼り付けて完成です。
こんな感じです。
下の広い金属板はアース電極板で、同軸ケーブルの外側の銅網に繋ぎ、ケーブルの芯線は下の穴から上の電極板に繋ぎます。
このアンテナもダイポールアンテナと同じで共振させる必要があるので、極板の大きさは、絶縁物の誘電比と使用周波数で決まります。
周波数1580Mhzでは上の金属板が正方形の場合は一辺の長さは2.97cm、絶縁物(誘電体)の厚さは1.58mm、ただし、比誘電率8.5となっています。
構造から解るように、下の金属板はアースなのでその下は悪影響を考慮することなく自由に使え、 しかもアンテナで受けた電波(電流)の取り出し口の極近くですから、増幅器などの電子回路を組み込みやすいアンテナです。
肝心の原理ですが、極板とアース電極板の間の縁に発生する“ 磁流 ”によって電磁波を放出しています。
ダイポールアンテナが電流によって電磁波を放出しているのとは対照的です。
ただし、“磁流”という考えは“磁荷”という実体が無いので、電流における電荷のように電荷が動くから電流となるのとは異なり仮想上のものです。
もちろん、極板とアース電極板の間には電圧がかかっているので電界が存在します。
電界が存在しなければ幾ら仮想でも“磁流”は発生しません。
ですから、普通考えるように電界と磁界は直角に交わるので、“磁流”の向きは金属板の延長方向になります。
アンテナで問題になる電波を放射する方向(指向性)ですが、アース電極板が十分広ければ、アース電極板を水平に置いた状態で空のどの方向にも放射できます。
アンテナの場合は受信用に使っても特性は同じですからどの方向からの電波も受信できます。
GPS機能付の携帯電話をお持ちの方もいらっしゃると思いますが、携帯に付けるGPSアンテナはより小型化が要求されるので、アンテナを小型にして、コンデンサーでアンテナの共振周波数を調整しています。
AMラジオ放送送信用アンテナが上に傘を広げた様に金属網を張り、大地との間にコンデンサーを作って短いアンテナ長を長く見せかけているのと同じ原理です。
※“長い”とか“短い”という表現は、使用する電波の波長に対してです。