身近な自然と科学

地平線上の太陽や月が大きく見える理由,天体錯視

陽の出直後の太陽や陽の入り直前の太陽、月の出直後の月や月入り直前の月が大きく見えるという経験があると思いますが、私はこの事について真剣に考えた事がありませんでした。
小学高学年から中学半ばまで天文少年だったのに、「地面に近いところは水蒸気が多いので光が散乱して大きく見えるからだ」
「大気層での屈折で赤い光(波長の長い)だけが見えるので大きく見えるのだ」
と簡単に片付けていました。
2番目の赤い光が大きく見えるというのは、暖色系(赤系)の服装は、寒色系(青系)の服装より肥って見えるというのと同じ意味です。
ところが、この問題は「天体錯視」と言われて、アリストテレスやプトレマイオス以来の難問なのだそうです。

先ず、「錯視」とは実在する物が実際にある物と違って見える事を言い、眼ではなく脳で起こる現象です。
無い物があるように見え るのは「幻視」で、こちらも脳で起きます。
「錯視」と「幻視」は実際に物があるか無いかの違いなので、あるか無いか確かめられなければ両者の区別がつきません。
話はそれますが、もっと突っ込むと存在が確かめられなければ正常に見ていると思っている世界も幻視かも知れません。
人間が持っている五感は結局は脳で処理されて現実の感覚となる訳ですから、存在を確かめるということはどういうことか?
飛躍して考えると、夢が現実で、現実だと思っている世界が夢かも、とか。

話を戻しましょう。
天体を見る場合は地平線上に見える太陽や月と、天頂近くに見えるそれらの大きさが変わらないと判っているので錯視になる訳です。
太陽や月が大きく見える理由について、V.コブ著『錯覚のはなし(東京図書)』には、 「月の拡大されて見える大きさは、地平線上の見なれた距離の、手がかりになる物体に近い月を見ることと関係がある。
・・・中略・・・
地平線上にある月を、両手を目の高さにまで上げて、親指と人差し指でつくった小さなまるい窓を通してながめれば、月以外のいろいろな物体が隠されて、月はたちまち小さく見える」

とあります。
下写真は2019年8月2日5時16分に撮った太陽です。
2019年5時16分高度3.5度の太陽の写真
高度が約3.5度と低いので、太陽の近くに樹木、電柱、家屋が写っています。
写真でも太陽が大きく見えるような気がしてしまうので、 納得してしまう答えなのですが、これだけで解決するならアリストテレ

スやプトレマイオス以来の難問に成りえたのでしょうか?
国立天文台のサイトで答えを探しました。
明確な答えが出ていたら書く意味が無いですから。
国立天文台サイト
https://www.nao.ac.jp/faq/a0202.html
「質問2-2) 月や太陽が大きく見えるのはなぜ?」という問いには
「月や太陽が地平線(水平線)近くにある時に大きく見えるのは、目の錯覚によるものといわれています。ただ、なぜこのような錯覚が起こるのかについて、まだはっきりとした説明はついていません。月の近くに建物や山などの景色が見えて、それと比較できるときとそうでないときで、大きさの感じ方が違うのではないか、という人もいます。」 とあります。

地上の景色(物)以外では、人間が地表面に住む生物だからという理由があります。
高い所から地上にある車などを見ると、車までの距離が同じでも地上から見たときより小さく見えることから、 人間は地上に住む動物なので水平方向が重要視された作りになっていて、上下方向にある物は小さく見えるのでは無いか?
というのです。
眼が水平方向に2つ並んでいるので水平方向重視の作りは確かだと思います。
上下方向も重視していたら眼を正三角形に配置して3つ目小僧にしないです。

上記の説と似ていると思うのですが、 地平線上と天頂では天までの距離感が違うからという説 があります。
地平線上を延長した天までの距離の方が天頂方向の天までの距離より長く感じます。
私たちが感じる天球は真球の半分では無く、上下方向に潰された球の半分な訳です。
それで、地平線上の遠い天に月(または太陽)を置いた方が近い天に月(または太陽)を置くより大きく見えるというのです。

昔の人はこれを裏付けるような実験をしました。
太陽を見つめてから目を閉じます。
すると、網膜に残像が写ります。
そして、近くの壁を見ます。
また太陽を見て残像を残し、遠い壁を見て、近くの壁を見たときに見える残像の大きさを比較します。
網膜に写った太陽の残像は同じなのに、遠くの壁を見ているときに見える太陽の残像の方が近くの壁を見ているときのそれより大きく感じるのだそうです。

ここで網膜の残像の説明をしておきます。
残像は光を信号に変える視細胞の受容器が強い光のために、光が無くても信号を出し続けるために起こります。
太陽のように明るい物を見た直後には正の残像が起きますが、この残像を打ち消す信号に変わるために直に負の残像に変わります。明るい残像から暗い残像に変わる訳です。
黒い物は白い物より小さく見えるので、太陽の残像を見る実験ではより小さく見えます。
残像と実際に網膜に写る像とは違うと思いますが、壁を天と置き換えることが出来るなら、同じ大きさの太陽や月を見ても背景になる天までの距離感の違いで、天が遠い地平線上が大きく見える可能性があります。

但し、この実験は失明するほど危険なので絶対にやらないでください。ゲーテは太陽を直視して目を悪くしました。
(望遠鏡を通してではありません)

ところで、天体錯視は太陽や月に限って起こる訳ではありません。
オリオン座の星が作る四角形のように、容易にイメージできる星座でも地上付近に見えるときは天頂付近で見るより大きな星座に感じられます。

天体錯視について気に留めていたのですが、結局、明快な答えは見つかりませんでした。

参考図書
V.コブ 著『錯覚のはなし(東京図書)』
北岡明佳 著『だまされる視覚(化学同人)』
金子隆芳 著『色彩の心理学(岩波書店)』
ホフマン,ドナルド・D 著『視覚の文法(紀伊国屋書店)』