身近な自然と科学

人はなぜ病原性ウイルスに勝てないか

ウイルス 遺伝子 しか持っていないので、自分の遺伝子を受け入れてくれる生物の細胞( 寄主細胞 )にとりつかなくてはなりません。
インフルエンザウイルスなら気管支粘膜の細胞(2009年~新型インフルエンザH1N1は肺細胞)、肝炎ウイルスなら肝臓の細胞と決まっている訳です。

寄主細胞に入ったウイルスの外被は破れ、中の 核酸(DNA か RNA) が細胞内に侵入し、寄主細胞の持っている代謝系を乗っ取りにかかります。
寄主細胞が元から持っている設計図と、ウイルスが持っている設計図を交換してしまう訳です。
寄主細胞とウイルスが争っている間は、電子顕微鏡で もウイルスの核酸は見えないようです。

乗っ取りに成功すると、ウイルスは寄主細胞が持っている増殖能力を使って自身と同じ核酸(DNA か RNA)とその他必要なタンパク質を生産します。
超簡単に書きますと

  • 元のDNA を鋳型にして別の DNA を作ります(複製)
  • そのDNA を鋳型にして RNA を作ります(転写)
  • そのRNA を元にタンパク質を合成します(翻訳)

ウイルスはこの全ての段階で寄主細胞の持つ能力を奪って使います。

ですから、ウイルスの活動を抑制しようと開発する薬剤は、通常の細胞の増殖能力も抑制してしまい、体内に侵入してしまったウイルスの撲滅は非常に難しいことになります。
自身の細胞が変異してしまう病気である癌(ガン)の治療の難しさと同じです。

次に、動物の持つ防御機構である“ 免疫系 ”は働かないのか?
ウイルスが体内に入ると、ウイルスのタンパク質に対して“ 抗体 ”が出来、そのウイルスを排除し、再感染を防ぎます。
事実、天然痘はワクチンが作られて撲滅されましたし、身近な感染症である、おたふく風邪(ムンプスウイルス)は一度罹れば再度罹ることはありません。

問題は、変異しやすいウイルスです。
抗体が出来ても次にはちょっと違ったタイプに変わっているために抗体が役に立ちません。
特に毎冬悩ましてくれるインフルエンザウイルスは、変異しやすさでは超エリートです。

生物の遺伝子は、通常、DNA の 二重鎖 状態になっています。
二重鎖というのは、DNA の鎖とそれと相補する型を持つDNA の鎖の2つが合わさって1本の鎖状態になっているものです。
色付きテープで模式的に表せば、赤色テープと赤色の補色である青緑色テープを張り合わせたような作りです。
DNA の複製は、二重鎖状態を解きながらそれぞれのDNA 鎖に合うDNA 鎖を作り、その鎖とで新たな二重鎖を作って完成します。
1本の二重鎖DNA から2本の二重鎖DNAが出来ます。
色付きテープの話なら、張り合わせたテープを赤色テープと青緑色テープとに引き離しながら、赤色テープには新たに黄緑色のテープを貼り付け、青緑色テープには新たに赤色テープを貼り付けて新たに2本の張り合わせテープを作るということです。

DNAが二重鎖になっている場合は、その一部に何らかの原因で複製間違いが起きた場合でも補正される可能性が大きく変異が起きる確率も低くなります。
色付きテープで言えば、赤色が橙色に変わっても青緑色テープを見れば,青緑色の補色は赤色なので橙色は間違いと認識できると言う訳です。
撲滅された天然痘のウイルスは二重鎖DNAを持っています。

ところが変異の超エリートであるインフルエンザウイルスは一本鎖で、しかも マイナスRNA を持つのです。
一本鎖ですから間違いが起きても判りません。
マイナスRNA というのはもう一度転写しないと、タンパク質が合成できない型なので間違いが起きる可能性が増えます。
また、RNA 鎖が7,8個に分節されているために他の型のインフルエンザウイルスと混じった状態では、容易に分節ごとに他のもののRNA 鎖と入れ替わり変異してしまいます。

以上のように変異しやすいウイルスの場合は、免疫系の機能は後手後手に回ってしまい、実質的には免疫が出来ないと同じです。

そのため、ウイルス感染症に対する治療は、ウイルスの細胞への侵入を阻止する薬剤の開 発に向けられています。

※ ウイルスが生物かどうかの議論はともかく、 ウイルスは単独では活動しないので、研究やワクチンの開発には大きな細胞である鶏卵にウイルスを侵入させている場合が多いようです