遠近法の歴史
絵画において、描かれているものを立体的に見せる手法が遠近法です。
同じ立体的に見せる手法でも、左右の目に別の絵を見せる立体画像(3D)や立体テレビ(3Dテレビ)とは違います。
絵の場合、写真でも同じですが、両眼で見るために画紙に描かれたものは平面と認識されてしまいます。
そこで、視神経や大脳後頭葉の視覚領が持っている経験則を呼び起こさせて立体的に見せるものが遠近法です。
小学校でも簡単な遠近法を学ぶので人類が絵を描くようになった当初から存在する技法のように思えますが、意外に新しいもののようです。
紀元前数世紀の古代人の残した絵は画面のどの部分も他と同じように描かれ、遠くのものは小さく見えるという単純な技法も見られません。
一説によると、古代ギリシャ人が遠くのものほど小さく見えるように描き始めたと言われますが、遠くのものでも明確に描かれています。
その後、遠近法は顧みられず、13世紀のイタリアに興ったルネッサンス(ルネサンス)になって漸く確立されていきます。
遠近法を駆使した写実的な絵が発展して行きますが、悪乗りする人たちも現れました。 遠近法を誇張したり、実際にはありえない絵を描くようになったのです。
たとえば、永久機関の解説にしばしば使われることがある絵---高所から落下して水車を回した水を追って行くといつの間にか再び昇って水車を回す水になっている---というものです。
19世紀になって写実主義に陰りが見え始め、また、化学的に風景を留めて置くことができる写真が出現すると、誇張した遠近法は影を潜めました。
このような遠近法の発展過程は、私たちが写真撮影に凝るときと良く似ています。
初めてカメラを持ったときには画面の隅から隅までピントが合っていることを求めますが、次第に、広角レンズで遠近感を誇張したくなったり、望遠レンズで背景をぼかしてみたくなります。
また、妙な芸術心がわき、実際には無い光景を写すために特殊なフィルターを使ったり、現像法に凝り出すこともあります。
しかし、やがて飽き、被写体や用途によって技法を使い分ける程度に落ち着いていきます。
透視法
最も簡単な遠近法で、近くに在るものは大きく、遠くにあるものは小さく描くという技法ですが、少し複雑なものを描くときにも規則性を持たせないと収拾がつかなくなります。
この規則性のヒントが私たちが実際に目にする光景にあります。 たとえば、列車の線路は眼前では2本のレールが平行して見えますが、遠くに行くにつれて遠方の一点に収束するように見えます。
また、高層ビルを見上げたとき、ビルは上に行くほど細く見え、左右の外壁の延長線は空の一点で交わるように思えます。
そこで、画紙に描く物全てが遠くに設定した一つ以上の点で収束するように描きます。
これを透視法と呼びます。
収束させる点は幾つでも構いませんが、「一点透視法」、「二点透視法」、「三点透視法」が一般的です。
一点透視法は広大な風景を描写するときによく使われます。
二点透視法は建物がある風景画に適しています。
三点透視法は高層建築物など上方に伸びているものを描くときに適しています。
下図は建物を三点透視法で描くときの説明図です。
黄線1と2は上方で1点に収束します。
黄線3と4は左側遠方で、黄線5と6は右側遠方でそれぞれ1点に収束します。
透視法は目に見えるありのままを画紙に映しているので、写真技術が無かった時代には画紙の上に凸レンズで像をつくって、その像をなぞって絵にしました。
現代でも写真に撮ってから絵にする人が居ます。
簡単には鉛筆を物差し代わりにして建造物などの視角を測って画紙に移します。
透明なガラス板を通して風景を見、ガラスに描けて容易に消せる物でガラスに風景を移していく方法、或いは、木枠などに1点に収束するように何本もの線を張り、その木枠を通して風景を見て画紙に移していく方法もあります。
一番簡単なのは、デジタルカメラで撮った風景を画紙にプリントアウトして下書きに使うことです。
もちろん、写真用紙にプリントしたらダメで、風景の輪郭が判る程度の低画質にするか、プリントする前にカメラで撮った画像の輪郭部だけ残して細部は消してしまいます。
このように、透視法は遠近法の一つであるばかりか、風景を画紙に切り取る重要な技法です。
曲線遠近法
私たちが方眼紙を近くで見ると周辺部が歪んで見えます。広角レンズで撮った写真が歪んで見えるようにです。
これを取り入れたのが曲線遠近法と呼ばれます。
これまで説明した遠近法は視角で60度ぐらいの範囲の絵で主に使われますが、曲線遠近法はもっと広い範囲を描くとき、或いは変わった効果を期待するときに主に用いられます。
下図左のチェッカー図柄(左)を片方の目で近接して見ると、その右図のようにチェッカー図柄が歪んで見えます。
下図は、円筒の表面に同じ太さの線を等間隔に描いたものを見た図です。
空気遠近法
これも私たちの経験からきている遠近法です。近くにある山は色鮮やかにはっきり見えますが、遠くの山は青っぽくてぼんやりとしか見えません。
赤系より青系の光の波長が短いので、青系の光は空気を構成する分子や塵によって赤系より散乱するために起こる現象ですが、これを画紙に移したのが空気遠近法です。
遠くにあるものは細部は描かずに青っぽく、近くにあるものは細部を描いて赤っぽくします。
遠くの山のように離れていなくても、数センチの違いでも使うことが出来ます。
空気遠近法を逆に利用して(遠くにあるものを近くにあるように描き、近くにあるものを遠くにあるように描く)観る者に不安感を起こさせる技法もあるようです。