空気中のイオンと大気中の電気の循環
プラスチックの下敷きを擦って静電気で遊んだ経験のある方は多いと思いますが、 この静電気は時間の経過と共に弱まってしまいます。
電気は何処に行ってしまったのでしょうか?
答えは、 空気中に浮遊するイオンによって中和されてしまったのです。
下敷き表面に正電気があれば空気中の負イオンと、 負電気あれば空気中の正イオンと引き合って文字通りプラスマイナスゼロになります。
では、なぜ空気中にイオンが存在するのでしょう?
空気中のイオンを“大気イオン”と呼びますが、 これには“大イオン”と“小イオン”の2種類があります。
小イオンは地球に降り注ぐ宇宙線のエネルギーによって 空気中に存在するする分子が解離されたものや、 それに伴って連鎖的に起きた化学反応によって出来ます。
小正イオンの主なものは、水和イオン[H3O+・(H2O)n]で、 水和の度合いを示す n は温度と水蒸気で変わり、 水蒸気の多い地面から高さ10km内では n=6のものが40-60%を占め、 上層になるほどnの値は少なくなり 。 高さ50kmでは、 n=2のものが80%ぐらい占めると考えられています。
なお、水和とは、水溶液の中で、溶質の分子またはイオンがその周囲に数個の水分子を引きつけて結合し、 一つの分子集団を作る現象です。
小負イオンの生成について定説はありませんが、 [O2-・(H2O)n],[CO4-・(H2O)n]と考えられています。
小イオンの大きさは[1E-9]mぐらいで、 結合している分子数で決まるので 各小イオンの大きさにばらつきはありません。
一方、大イオンは空気中に浮遊する、 工場や車の廃棄物の中性の微粒子に小イオンが衝突して作られます。ですから、大きな微粒子ほど小イオンが衝突する可能性は高くなり、大イオンとなる可能性も高くなります。
このような生成過程から想像できるように 大イオンの大きさはまばらで、 イオン数は大気汚染の進んだ都会や工業地帯に多く、 また地表近くに多くなります。
ところで、上空60~400kmにある電離層が正電気を帯び、 大地が負電気を帯びていると考えると、その間にある空気には電圧が掛かっていることになります。
前述しましたように空気中にはイオンがありますから、 例えば或るイオンの存在する場所の電界をEとすると、
このイオンは kE という速度で動きます。
kは、空気の密度や粘度、 イオンの持つ電気量、大きさなどで決まる定数で、 Stokes-Cunninghamの式という複雑な式で表されます。
ここで、塩水は電気を通す という小学生時代の実験を思い出してください。 塩水が電気を通すのはナトリウムと塩素がイオン化するからです。
ということは、 イオンが浮遊している空気も電気を通し、通しやすさはイオンの動く速度に比例することが推測できます。
大気イオンの動く速度は、前述しましたようにkEで、 単位体積あたりn個のイオンが存在する空気では、 その空気中を流れる電流(空地電流)の強さは nkEに比例します。
比例定数をKとすれば、空地電流Iは
I=KE
空気の電気抵抗Rは
R=E/I=E/(KE)=1/K
となります。
Kは空気の密度や粘度、イオンの持つ電気量、大きさ、 単位体積あたりのイオン密度など決まります。
空気の電気抵抗がこれらの要素で決まる というのは直感的にも解かる結果でしたが、 注意することは、 大イオンは小イオンよりはるかに動き難いということです。
大イオンは空気中に浮遊する微粒子が電気を帯びたものですから 同じ電気量を持っている小イオンと比べたら 質量が大きので動き難く、 また体積が大きいので空気抵抗も大きいからです。
ですから、空気中を流れる電流の大きさに寄与するのは、 主に小イオンということになります。
そして、イオンが空気中を浮遊することから考えて、 天候によって空地電流の大きさが変化することも解かると思います。
電離層が正電気を、大地が負電気を持ち、 その間に電気抵抗を持つ空気があり、空気の中を電流(空地電流)が流れているのですから、 空気中の鉛直方向の適当なところに電圧計を入れれば電圧が計れます。
或る実測値(晴天時の地表近く)は100V/mです。
身長1mの子供の頭頂と足底に100Vの電気が! と思うと怖いものがありますが、 問題は電流の大きさなので 空地電流の大きさを考えてみましょう。
地表近くの電気抵抗は約[5E13]オームだそうですから、 空地電流Iはオームの法則(I=E/R)から
I=100/[5E13]
=2E-12
空気層1平方メートルあたり[2E-12]A という微々たるもので、 子供は空気層の持つ抵抗のほんの一部に直列に入っているだけなので、子供の肉体の電気抵抗値がどんなに低くても 肉体を流れる電流値に影響はありません。
では、地球全体の空地電流の大きさは?
地球上全ての地域が快晴と仮定すると、 先ほど求めた単位面積あたりの空地電流値 [2E-12]Aに地球の表面積を掛ければよいので、 約1000Aになります。
これだけの電気が天から地に流れているのは想像を絶します。
次に問題になるのはこの膨大な電流が何処から湧き出るかです。
有り得ない話ですが地球上の全地域が快晴なら、 1秒間に1000Aの電気が流れ続けている訳です。
地表面には負の電荷(電気)が存在し、その量は1平方メートルあたり[1E-9]クーロンだそうなので、 これを地球の全表面について積分すると 地球表面が持つ全電気量は約[4E5]クーロンとなります。
“クーロン”という単位は、 1秒間に1Aの電流が運ぶ電気量を表しているので、 地球表面が持つ全電気量約[4E5]クーロンが 1000Aの電流を何秒間流し続けられるか計算するには
[4E5]/1000=400
となり、400秒で使い果たすことになります。
快晴時には常時 約100V/mの電圧が観測されるのですから、 どこからか電気を補給し続けなければなりません。
この補給源として最も有力なのは“雷”です。
雷が起電している仕組みは 落雷が起きる理由を参照して頂くことにして、雷雲の下層(地上に向いた面)には負電気が、 雷雲の上層は正電気を帯びますが、 この正電気が電離層に電気を与えると考えられています。
雷は雷雲の下層部分と地表面との間で落電という形で 電気をやりとりしているので
雷雲→電離層→空地電流→地表→雷雲
という電気の循環系が成り立ちます。
落電は雲から地表だけでなく、地表から雲に向かっても電気が流れます。
勿論、水の循環系のように水分子が回るのではなく 電気エネルギーが地球規模でバランスしているだけですが、 興味あるものだと私は思いました。