遠くの音が聞こえることがある理由
晩秋から真冬の寒い夜、いつもなら聞こえない遠くの音を聞いたという経験はないでしょうか。
私は、何度か数キロメートル離れた電車の走行音を聞いたことがあります。
皆さんの中には、夜間は生活騒音が減って静かになるからだ、 と思われる方も居らっしゃると思います。
それもあるのですが、・・・・・・
この問題のヒントは、“寒い夜”にあります。
地表は、日中は太陽からの赤外線を浴びて温度が上がり、地表から約11キロメートル上空までは地表の温度の影響を受けているため、上空に昇るほど温度(気温)は下がります。
この下がる割合はよく知られていて、1キロメートルにつき6.5度です。高い山ほど気温が低いのは、この理由に拠ります。
放射冷却と接地逆転層
重要なのは、夜間です。
太陽から熱をもらうことが出来なくなった地表は、今度は電磁波(主に赤外線)を放出し始めます。早い話、地表が冷めるのです。
電磁波を吸収する物質ほど放出することが判って居て、これを『キルヒホッフの法則(注1)』と言います。
冷めた地表は、その近傍の空気からも熱を奪い、放出します。
曇がある場合は、地表から放出された赤外線は雲に当たり、その一部は反射されて再び地表を温める作用をしますが、 よく晴れて雲が無い場合は地表は冷めっぱなしで、その近傍の空気の気温も下がり続けます。これを『放射冷却 』と言います。
その結果、地表近傍の空気は上空より温度が低いという現象が起きます。
放射冷却によって出来る場合を、『接地逆転層』と言います。
霧の出来る条件と霧の種類でも触れたのですが、この気象状態で空気中に含まれる水蒸気量が多い場合は『放射霧 』という霧を発生させます。
これもよく知られていることですが、気温が高いほど音は速く伝わります。
その速さV(音速)は、 V=331.45+0.61×t(m/s)
で表されます。
但し、1気圧。tは℃で表した気温。
音・音波が屈折する理由
昼間は上空に昇るほど気温が低いのですから、地表付近で発生した音(音波)が斜め上空に進んだ場合は、音波は上方に屈折されてしまい地表に居る私たちは聞くことは出来ません。
「どうして音が屈折するんだ?」という方のために解り易く説明します。
音波は左右のタイヤだけ持った車だと思ってください。 この車のタイヤの回転速度は、そのタイヤの位置の気温に比例するとします。気温が高いほど速く回転する訳です。
この車を右斜め上に進めるのですが、右のタイヤを下側、左のタイヤを上側という姿勢にして考えます。
下図のようになります。
日中は、地上付近の方が温度が高いのですから、下側にある右のタイヤは、上側にある左のタイヤより速く回転します。
すると、車(音波)は上に向かって進み地上に居る私たちは聞こえません。
夜間は上空の気温が高いのですから、低い状態とは逆になり、斜め上方に進んだ音波は下向きに屈折されて、地表に居る私たちの所に下りてきます。
音波が夜間は遠くまで伝わる理由
上空が暖かく地上付近が冷たい条件のときに上方斜めに進んだ音波は上空を伝わっているので、音波を反射吸収してしまう建物や樹木に妨害されずに遠くまで伝わります。 しかし、音波が空気中を伝わるには、空気を収縮膨張させるという仕事をしなければならないので空気にする仕事での減衰はあります。
ところで、例えば私が遠くの電車の走行音を聞いた時、電車から私の所を結んだ直線上に居る人たち全てが走行音を聞けた訳ではありません。 電車からの音波が直接伝わらない遠くの位置で、しかも音波が上空を伝わっている真下の位置では聞こえません。
これは、上空にある電離層での反射を利用する短波帯通信も同じで、3~30Mhzの外国向け放送、漁業無線などでは不感地帯に受信者が入らないようにするために使用する電波の周波数を選ぶ要因になります。
非常に大きな音は遠くまで伝わる
ところで、大音響を発生させたらどうなるか? 結果から書きますと、この音は昼夜や季節に関わらず恐ろしく遠くまで伝わります。
大気の中には、上方ほど気温が高い層が常にあります。 地表から11~50キロメートルの所にある成層圏です。
地表から成層圏、成層圏から地表まで伝播できるエネルギーを持った音波なら高い地点で屈折する分、遠くまで伝わるのです。
第一大戦中、フランスでの砲撃音がイギリスの海岸で聞こえた例があるそうです。
注1:キルヒホフ【Gustav Robert Kirchhoff 1824-1887】
ドイツの物理学者。定常電流に関するキルヒホフの法則の発見者。
熱放射論の先駆をなしたほか、ブンゼンとともに分光学の基をひらき、また、弾性論・音響学・熱学などに功績を残した。
~ 広辞苑4版より ~