氷が焼けるという焼結は日本刀や陶器磁器で使われている
『南極の氷は溶けるのが普通のものより遅いようだ。と友人が言っていましたが、・・・・』
これがTさんの疑問です。
“南極の氷”は、オンザロック用に市販されている物のようです。
南極の厳寒で作られた物も氷である以上、他の自然に作られた物や製氷機で作られた物と変わり無いと思うのが普通ですね。
この疑問に接した時、自然に作られる氷はゆっくり冷やされるために不純物が追い出されて水の分子の結合が強くなるのでは、とか、 堆積した氷の圧力で結合が強くなるのだろと思いました。
ところが、氷を含めて固体の物質には重要な性質がありました。
この重要な性質から起こる現象を『焼結』と言います。
焼結とは
オンザロックに使う氷のように不規則な形をした氷を幾つかコップに入れておくと氷同士がくっ付いてしまうという経験をした事はないでしょうか。
「溶けた水が氷と氷の間に流れ込んで、それが凍ってくっ付いた」と考えるのは間違いです。
なぜなら、氷と水が存在する状態は摂氏零度で水が再び凍ることは無いからです。
この「不規則な形をした氷を幾つか コップに入れておくと氷同士がくっ付いてしまう」現象が『焼結』で、表面が溶けてしまった冷凍食品を冷凍庫に戻して凍らせたらくっ付いてしまった、というのとは異なります。
焼結の利用
『焼結』は字の通り、焼いて結合するということです。
日本刀を作るところを見たことがあるでしょうか。
日本刀は鉄を焼いて叩いて引き伸ばし、それを折り曲げて重ね、再び焼いて叩いて、を繰り返し1本の刀にしていきます。
鉄は真っ赤になるまで焼かれているだけで溶けている訳では無いのに重ね合わされて叩かれればくっ付いてしまいます。
もっと身近な例では、陶器や磁器などの焼き物があります。
私は、美術の実習での経験しかないのですが、粘土の粒子は溶けてはいないのに(溶けていたら作者の意図した形でなくなってしまいます)炉で真っ赤に焼くと、一つの物になるのは焼結したからです。
陶磁器と同じですが、最先端技術的に身近なところでは包丁にも使われるニューセラミックも焼結を利用している例です。
『焼結』は生産分野では重要な技術となっています。
ジェットエンジン部品などのように高温に耐えられる物を作る場合は、使う材料はそれ以上の高温でも溶けない物を使う必要がありますが、 その材料を溶かして鋳型に流し込んで作るには、高温に耐えられる物を溶かす温度を作るという困難が待ち構えています。
そこで、材料を粉にして型に入れ、高温と圧力をかけて焼結させて型通りの物を作るのです。 焼結させる時の温度は、その材料が溶ける温度より2割程度低くて良いとされています。
『焼結』はなぜ起こるのか?
物には、表面積を小さくしようとする力が働いています。水滴が球形になるのは、球が最も表面積が小さい形だからです。表面張力と言いますが、 この力は、液体ばかりではなく固体にも働いています。常温では硬い固体、例えば鉄でも球形になろうとしています。しかし、常温では原子の結合が強すぎて動けないだけです。 熱し、原子の結合が或る程度は自由になる温度に達すれば原子は球形になろうと近くの原子と結びつきます。
これが『焼結』が起きる理由です。
原子が持つ近くの原子と手を結びつきたいという力は摩擦の原因にもなります。
ところで、冷たい氷が焼かれるはずはないと思われる方も居らっしゃるかと思います。
「焼く」というのは抽象的な表現です。
鉄が溶ける温度は摂氏1536度ですから熱くて近づくのも嫌ですが、固体から液体に変わるこの温度が、氷の場合は溶けて水になる摂氏0度です。
ですから、私たちの体温が摂氏マイナス100度だったら、零度の氷は溶ける寸前まで焼けて居ると思うでしょう。鉄が真っ赤になって溶けるのも氷が溶けるのも同じで、 人間にとっては冷たい氷でも、氷にとっては焼けている状態なので『焼結』が起きるのです。
Tさんの疑問に戻れば、南極の氷は、降り積もった雪が焼結し、しかも、長い年月の間(数百年から数十万年)、堆積している氷の圧力によって押しつぶされ、より強固な焼結状態になっているので溶け難いと言えます。
焼結時にかかる圧力になる南極の氷の厚さは、平均1700メール、厚い所では4500メートルにもなります。
冬季、雪国では、電線や樹木に雪が付いて被害を及ぼしますが、これも『焼結』現象です。 外気温が零下数十度の寒い世界でも、氷にとっては溶ける温度から数十度低いだけに過ぎない熱々状態で、雪の粒は球形になろうと次ぎから次へと他の雪粒をくっ付けるのです。