身近な自然と科学

毛虫が頭を振る理由

眼は「心の窓」とか「眼は口ほどに物を言い」とか言いますね。
心の内が眼に出るのでそう言うのでしょうが、脳に心が存在するとすれば、脳が出来る段階で脳になる部分から2つの突起が出てきて、 それが両眼になるのですから、これらの謹言は生物学的にも納得できます。

【毛虫が頭を振る理由 】という表題にしましたが今回のテーマは【眼】です。
殆どの動物は眼を持っています。
単細胞生物でも走光性(光に反応する)を持つものがあります。
これらは眼というより光粒子で反応する色素の点を持っているだけですが、私たち人間は何を見ているかというと本当の事は判らないのですから単細胞生物も一応眼を持っていることにします。

単細胞生物から少し進化すると、光粒子で反応する色素に光を集める為のレンズが付きますが、ミミズの場合はレンズや網膜は無く、体中に明暗だけを感じる組織(光を感じる皮膚)があります。

その次の段階は“単眼”と言われるものになります。
単眼と言ってもレンズと棒細胞(光の強弱だけを感じる)1個だけです。
デジカメ風に言えば画素数1ですから結像したものは見られません。
このような単眼で物を形を把握しようとすれば、単眼を一定方向に振って(走査)、その結果を神経のネットワークで合成するしかありません。

例えば、物体の前で左から右に眼を1回左から右に振ると
毛虫が頭を振る理由1
というイメージが得られます。
視線を少しずつ下に移動させながら何回も眼を左から右に振って合成すると
毛虫が頭を振る理由 合成されたイメージ
という様に形が得られます。
これは、テレビやファックスの原理説明と同じです。
○は画素と言いますが、実用的なテレビの場合は機械的に左右上下に振っていたら速く出来ないので、画素素子を縦横に並べて電気的に画素を選択して信号を取り出しています。
テレビは画素数によって、上図の縦方向の数が1080個ならハイビジョン(横1920)、2160個なら4Kテレビ(横3840)、4320個なら8Kテレビ(横7680)と呼ばれています。
画素数が多ければ多いほど処理能力の高い電子回路(LSIなど)が必要です。

このように眼を動かして(頭ごと動かして)外界の物を認知するものに蛾の幼虫がいます。
幼虫には頭の左右にそれぞれ6個の単眼が付いていて、頭を振ることによって木の幹や枝葉を確認しています。
葉や枝の先まで進んだ毛虫や芋虫が頭をもたげて左右に振っている時です。
ただ、行く方向に迷って右往左往している訳ではないのです。
ちなみに、蝶と蛾は分類学上同じ物です。

蛾は成虫になると“複眼”になります。
複眼は眼(個眼)が集まったもので、ひとつの個眼は、レンズ1個と画素数が7,8個の網膜で出来ています。
トンボの場合は片方の複眼に、個眼が2万8千個集まっているという観察記録があります。

ところで、複眼は広い範囲を見るためだと教わった憶えがあるのですが、 複眼を個眼のレンズごと剥がしての観察に拠れば、全ての個眼は1つの物体を見ているということですから特に広い範囲を見るためではなさそうです。

動きの速いものを捉えるためという説もありました。
1つの個眼の見える範囲が狭ければ、例えば個眼Aの視界から消えた餌が隣の個眼Bの視界に入れば、個眼Aと個眼Bの間には“餌が見える”と“餌見えない”という信号の大きな差が出来、餌の動きがはっきりする訳です。
個眼では無く、視感覚細胞Aと視感覚細胞Bが隣り合っていた場合にはAでも見えるBでも見えると言う曖昧さがあるために個眼の場合より餌の動きが把握し難いと言うのです。

昆虫の場合は、餌の捕食に限らず鳥などの外的から身を守る必要があるので、動いている物に素早く反応すると言うのは極めて大事なので尤もらしかったのですが、個眼に電極を挿し込んで視神経から出る電気パルスを計測した結果から個眼の視野は予想以上に広く、動きを捉えるための個眼説は棄却されました。

人間のような脊椎動物の眼は、 レンズと画素数の多い網膜で作られています。
網膜上には光の強弱だけを感じる棒細胞と色を感じる円錐細胞、これらからの信号を処理する視細胞を合わせて片眼で1億3千万個もあります。

眼はしばしばカメラに喩えれますが、それは水晶体(レンズ)で網膜(フィルム)の外界を結像させることが似ているだ けで、人間に限らず脊椎動物の眼はもっと巧妙に出来ています。
と言うのは、網膜は3重構造になっていて、その層状部分では視細胞が他の視細胞と連携し、脳に信号を送る前に網膜上で情報処理を行い、必要な判断を下すということです。

例えば野球やテニスなどでボールを追っている場合を考えてください。
脳と眼は距離的には近いですが、いちいち脳にお伺いを立てていたのでは信号の伝達と脳での処理に時間をとられてボールを見失ってしまいますから、眼はボールの進行方向を予測して視線を変える必要があります。

カエルの眼は網膜上の信号処理が極端に進化(?)していて
  • 真っ直ぐな線
  • 向かってくる前面が凹凸になった運動体(餌となる生き物)
  • コントラストの変化
  • 背景の急激な暗化(外的の襲来)

の4種しか脳に伝達されません。
人間のように選り好みしなくてすむ分悩みは無いでしょうが、味気ない世界ですね。